岡本太郎という芸術家がいる(もう亡くなられているけれど)。
「太陽の塔」の作者として有名。
芸術家なのだけど思想家としても注目され、特集番組の中で、彼の名言(?)が紹介されていた。
普通は、「芸術的」なんて聞くと、きれい、美しい、鮮やかなどを連想する。
しかし、彼は芸術について以下のように述べる。
芸術とは、
「うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」と。
美しさ、心地良さは、芸術の本質とは全く関係がない。
むしろ、
「いやらしさや不快感を含め、見る者を激しく引きつけ圧倒する事こそが真の芸術である。」
この言葉を聞いて、なんだかハッとした。
何事も、最も大切なことは「いやらしいところ、不快なところ」にあると思う。
例えば、科学もそうだろう。
遺伝子操作の発展によって、我々の願望は達成されて未来に希望を持つ人も増える。
けど、問題はそこではない。
遺伝子を操作し続けたら我々はどうなってしまうのか、何でもかんでもやってもいいのだろうか…?
動物実験にしてもそう。
それによってもたらされる恩恵は計り知れない。
けど、問題なのは「恩恵」よりも「動物実験」それ自体。
「動物実験」について考えたり、問題提起することは、まさしく「不快」だし、なんだか「いやらしい」と思う人も多いようだ。
中には「面倒くさい」とさえ思う人もいるだろう。
けど、向き合わねばならない。
その問題から目を背けたくなるけれど、利益を享受したいなら、ちゃんと問題にも向き合うべきである。
それが「責任」であり、そして「芸術」なのかもしれないと思います。
もしかすると物事すべての「本質」は普遍的で共通しているのだと思いました。
「太陽の塔」の作者として有名。
芸術家なのだけど思想家としても注目され、特集番組の中で、彼の名言(?)が紹介されていた。
普通は、「芸術的」なんて聞くと、きれい、美しい、鮮やかなどを連想する。
しかし、彼は芸術について以下のように述べる。
芸術とは、
「うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」と。
美しさ、心地良さは、芸術の本質とは全く関係がない。
むしろ、
「いやらしさや不快感を含め、見る者を激しく引きつけ圧倒する事こそが真の芸術である。」
この言葉を聞いて、なんだかハッとした。
何事も、最も大切なことは「いやらしいところ、不快なところ」にあると思う。
例えば、科学もそうだろう。
遺伝子操作の発展によって、我々の願望は達成されて未来に希望を持つ人も増える。
けど、問題はそこではない。
遺伝子を操作し続けたら我々はどうなってしまうのか、何でもかんでもやってもいいのだろうか…?
動物実験にしてもそう。
それによってもたらされる恩恵は計り知れない。
けど、問題なのは「恩恵」よりも「動物実験」それ自体。
「動物実験」について考えたり、問題提起することは、まさしく「不快」だし、なんだか「いやらしい」と思う人も多いようだ。
中には「面倒くさい」とさえ思う人もいるだろう。
けど、向き合わねばならない。
その問題から目を背けたくなるけれど、利益を享受したいなら、ちゃんと問題にも向き合うべきである。
それが「責任」であり、そして「芸術」なのかもしれないと思います。
もしかすると物事すべての「本質」は普遍的で共通しているのだと思いました。