負けるつもりで闘うな。 | マミィは社長でシングルマザー

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シングルマザー歴10ん年目。会社をつくって9年目。編集の奥深さにおののくコピーライター&編集者の、雑然かつ無鉄砲でゆるーい日々のもろもろ(ほとんどがコドモにぶんぶん振り回されているおはなし)と、ときおりココロのなかをつづります。

いやいや、またまた長々と間があきました。


書きたいことの脳内ストックは増える一方なのだけれど

あまりにも「コドモ」ネタばっかりで自重してたら、

コドモネタばかり溜まる溜まる…。


子育てブログにカテゴリー変えようかな(笑)

(ダレデスカ、モトモト子育てブログダトオモッタヒトワ)


さて。一昨日のこどもの日。


地元の剣道スポ少関連の道場でお世話になっているムスコが

スポ少のほうから試合に出していただきました。


スポ少なので、同門の小学校低学年の試合もあり

中学生の部が始まるまで応援させていただきました。



春にあるこの大会。低学年の子たちにとっては

デビュー戦であることが多いのです。


ちいさな剣士が懸命に相手に向かっていく姿は勇ましく。


打たれてもぜったいにひるまない。よけては打つ。

一歩もひかない。かわされてもかわされても

果敢に打ち込んでいくのです。


お相手の中には泣きだす子もいる中でしたが、

なんというか、とにかく一本取る、ことだけを

一心に考えているのがわかるんですよね。


それをみていた監督である先生のことば。


「あんな、初めてでも、負けるつもりなんかないんや。

だから、相手も決めきれんのや。」


ああ、そうかと思いました。


「負けるつもりがない」要するに負けるという恐怖心がない。

それは、勝つつもり、という意味ではなく、「無心」であるということ。


オトナになるにつれてその気持ちって、

「負けたくない」に代わってしまうのかもしれないな、と。


相手にでも、自分にでも、負けたくないと思った時点で

けっきょく「負け」を意識してるんですよね。


そしてオトナが「負けるつもりがない」と使う時は、

相手をなめていたり、自分に対しての過信があったりで

「勝つし」と不遜にも思っている場合が多いのではないかと。

それは、また、幼い剣士の「負けるつもりがない」のとは

違うことになってしまう場合が多いのではないか?と思うのです。



「勝つ」ことも「負ける」ことも、

意識すればするほど恐怖につながる。


恐れは、時に不安を呼び、時に傲慢を呼ぶ。

それが、ひとの弱さであり、本質だから、仕方ない。



だからこそ、ちいさな剣士たちのように。

ただ目の前の一本を、という「無心」に戻ることって

大切だなーとおもったのでした。


ちなみに、その試合。懸命に何度も何度も打ち込んだ中堅の子が

なんと胴を決め、その一本が、チームに勝利をもたらしました。


とにかく目の前の、その一本を。

ちいさな剣士に教えられました。


うむ。負けるつもりなら、最初から闘わな、ええねんな。




まぁ、だからって「無心」に打ち込んでいくだけではダメ。

それじゃ、小学低学年と変わりませんからね。


オトナになったら相対するときには勝たなあかんのです。


だって、もしホンモノの剣だったら面を受けるってことは

すなわち死を意味するのですョ。

次があるとか何ぬかしてんねん、ぼけ、デス。(←でた、鬼マミィの横暴理論)


だから、「負けたくない」し「勝とうとあがく」んでしょけど、

でもそういう弱さや恐怖に打ち勝ったうえで、闘いに際した時には

やっぱ「無心」に戻るべきなんだろし、戻れるひとが勝つんだろな。


あ、これ、剣道の試合だけちゃいますよ。たぶん。



ってなことを考えさせられたちいさな剣士たちの試合。

さて、いつも一緒に剣をふるっているコドモタチの

カッコええ闘い方を見た、中学男子はいかに闘ったのか。




つづきます(笑)