新装開店。 | マミィは社長でシングルマザー

マミィは社長でシングルマザー

シングルマザー歴10ん年目。会社をつくって9年目。編集の奥深さにおののくコピーライター&編集者の、雑然かつ無鉄砲でゆるーい日々のもろもろ(ほとんどがコドモにぶんぶん振り回されているおはなし)と、ときおりココロのなかをつづります。

いろいろな理由で、しばらくブログから遠ざかっていました。


ま、一番の理由は




日々のよもやまをぼそぼそ書くなら、

ツイッターでいいじゃないか。





という理由ですが。




でも、このまま、適当に自分自身をごまかして書きたくない!

という心に沿ってみた。というのもひとつの事実。




1年、毎日書く、という作業を続けてみて気付いたことがあったんです。


「ああ、これってただ、自分にとって都合のいい”努力”的なものを

打ち立てることで、本当にやるべきこと、やらないでおいたことから

目をそらしてるだけなんだな」と。




共感や共鳴。優しい空気感。

それを踏まえてつづることば。


だけど、ふと。



そういう世界のなかで、書いている自分の言葉の中に

欺瞞や偽善があふれていることに気付く。


それは、誰かのためでも、あなたのためでもない。


心地よく作り上げている小さな世界で。

私が。私自身が、「嫌われない」ように。





そうして選んだ言葉は、いつか上滑りして

まるでサイズの合わないシャツにそでを通したように

窮屈で、それなのに、それを感じないふりをして、毎日それを

着るうちに、まるでこれがぴったりだと錯覚していく。

そんな心持を秘める。


自分自身で作り上げた「何者」かである「私」を失わないために。


そうした時、そうであろうとする「私」はすでに私ではない。



自分の生きやすいところだけで、受け入れてくれる人にだけ向かって

表面上きれいごとだけ書き連ねることに何の意味があるのだろうか?






そんな自問自答を繰り返しながら、ブログを開かない日々は

新しい人に会い、知らない世界を覗き、

また、遠ざかっていた世界に会いに行く日々でもありました。


私は、本当はどこでどういう言葉をつづりたいのか。

何をどう、感じたいのか?そのためには、何を学びたいのか?


悩みながら探すうちに、気付いたことがいくつか。




世界は、自分が知っているよりも

はるか遠く、広いのに、

ひとというのは、どうしても、狭い世界の中で

群れて、安心して暮らしたがるものなのでしょう。


それは弱さという人間の愛おしい部分でもあるのだけれど。



だけど、あまりにも深く険しい道だとしても。

まだ知らない世界から

逃げて、目を伏せていても、成長はない。


なにより、自分が「何者」でもなく、小さく

何も知らない人間だ、ということから目をそらしては

奢りと勘違いしか身につかない。


そんなことをつらつら。




心機一転というほど、何かが変わったわけでもないのですが。


私は、やっぱり本当の意味で「切実」に生きたいのです。


井の中の蛙のまま、死にたくない。



切実なことと、泣き言やいいわけで日々を埋め尽くすことは

まったくもって違います。



この数年、いろんなことを言い訳にして、こそこそと

小さな井戸でしたり顔で生きてきたけれど。


ぬくぬくと心地よくて、楽で、住まいやすい小さな井戸では、

嵐の夜の海の厳しさを知らずに済んだとしても

越えて迎える凪の朝の光も知ることはないから。





本日、新装開店です。




あ、弁当ブログは続きます。せっかく写真撮ってるんだもん。