パンダがキツネに -3ページ目

2008年6月25日の記事 診察に行ってきました

診察に行ってきました。

 午前9時半の予約でしたが、普段遅くまで寝ているため、起きられず、9時40分頃病院に入ってしまった。でも9時半の予約ということは、9時半から10時までの間の診察予約なので、まっ、いっか。


 今日は、特定疾患の臨床個人調査票を書いていただく。診察室に入ると、主治医もそのつもりで、「今日は調査票を書かないとね」といっていました。私の主治医は、毎年診察時にその場で調査票を書いてくれます。あらかじめ預かっておいて書かれる先生も多いようですが、私はその方が早くもらえていいです。期待していたステロイドの減量は見送られました(>_<)


さて、昨年入院時の治療報告の続きです。

 7月頃から下痢になり、出血はなかったものの、9月になっても下痢が治まりませんでした。いつもの疲れによる下痢になら、漢方のサイコケイシトウを飲むと治まるのに、今回はいっこうに治まりませんでした。そしてとうとう10月に入って下血がはじまり、早く治したくて外来に行き、G-CAPをしていただきました。でもやっぱり良くならない(T_T)

 というわけで、11月初め頃からペンタサ注腸追加で様子を見ることに。あー、でもやっぱり良くならない。便の回数は10回を超えるぐらいでしたが、出血は多くはなかったです。でも、痛いんですよ。お腹が。

食べ物も、カロリーメイトとアクエリアス程度にして極力安静にしたのですが、だめでした(>_<)


 で、とうとう全身の痛みで足腰も立たなくなり、予約外で診療に行ったのでした。結果CRP30、即入院の指示。明日必ず入院するので今日は帰らせて欲しいと訴えたけど、あえなく却下。

 どうも足にできた腫れ物がおかしいと思い、先生に言うと、それは結節性紅斑というもので、潰瘍性大腸炎の合併症です、とのこと。わたしゃ、かなりの病歴の持ち主ですが、これはできたことが無く、ムカデにでも刺されたのかと思っていたのです。

 で、入院…。  11/28。


 CRP30を打破するには、とにかく緊急性を優先して、ステロイドのパルスしかないでしょうということになり、3日間のパルス。

 3日後、あっという間に全身の痛みが治まり、足の紅斑も薄れかけてきました。

 では続きはまた次回に。

2008年6月25日の記事 明日は診察

明日は今月の診察日です。

一昨年11月末から入院していて、2月に退院しましたが、昨年七月末まで仕事は休んでいます。

退院時、ステロイド20mgでしたが、順調に減量し、今は7.5mg。

さてさて、明日は減量なるでしょうか?減るといいな(*^_^*)

これだけ再燃を繰り返していると、治り具合や、直ってからのQOLが微妙に悪くなってきているように感じます。

特に、今回の入院では、今までにない合併症で、「結節性紅斑」と「全身の筋肉痛」で体に力が入らなくなり、歩けなくなりました。

CRP30、今までこんな数値経験したこと無い(>_<) 即入院です。

先生曰く、結節性紅斑がかなり大きい(直径10センチぐらい)こと、全身に(簡単に言うと)毒素が回ったこと、によるらしい。今までの緊急入院でも最高でCRP9ぐらいだったと思う。

これはつらかったですよ~。それまでの治療で、イムラン1錠、ペンタサ9錠、その他胃薬等々、にし、ステロイドを完全に断って3年経っていましたから、恐らくステロイドで今まで押さえられていた、全身への炎症が出てきたのでしょう。それまでの20年間はステロイドを脱した時期はほとんど無かったですから。

おまけに、サイトメガロウィルスの疑いあり。血液検査では、陰性でしたが、イムランなど免疫抑制剤を長く服用している場合は、陰性と出ても潜んでいる可能性があるらしく、2週間の朝晩の抗ウィルス剤の点滴をしました。

治療は、先ずステロイドパルスから始まりました。

疲れたのでこの続きは、次回書きますね。

3回目の入院

3回目の入院は、2回目から一年後の大学三回生の冬でした。

これまた一か月ぐらいの入院でしたが、またかという感じ。
確か12月から1月にかけて入院し、良くなって来た頃、病院から大学にバイクで通い、なんとか出席単位を取ったような気がする。

三回生ではサークルの部長になり、思う存分活動したあとの冬。疲れちゃったのかなぁ。

この年の秋は、私にとってとても衝撃的なできごとがあった。
それは、私をサークルに誘ってくださり、とてもかわいがって下さった先輩の死だった。

僕にとってその先輩は、よき兄貴であり、よき人生の先輩であり、よき目標だった。僕は未だに目標を失い、何を目指しているのか分からなくなることがある。

卒業後も時には声を掛けて下さり、家に遊びに行ったこともあった。
交通事故。
あっという間のできごとでしたね。悔しかったでしょうね。

僕は先輩のように、時には人を笑わせたり、また時にはまじめに夢を語ったり、器用にできません。

でも今、僕なりの形で世の中の役に立つことやできること、精一杯やっているつもりです。

これからも見ていて下さいね。