我々障害者が陥る甘い考えのひとつに「どんな最悪の場合でもかならず誰かが助けてくれる」と根拠も無く信じている点があるように思います。


たしかに精神障害者の大半は生涯資産に恵まれません。早い話が生活に困窮している者が少なく無い。


なので、社会が不安定になるとき、かならず行政から支援策が打ち出されてきた経緯があります。


リーマンショックのときには支援策がほとんど無かった為、障害者の世界でも失業者が大勢出た結果、それが生かされてコロナ禍では金銭的な支援策がとられました。


しかし、我々障害者に30万円以上のバックアップを政府がしてくれたのはコロナ禍が世界的な大不況だったからです。


私が問題視するのは精神障害者に限って言えば、不況や貧困に陥る状況にさらされたならば「救いの手」がかならず差しのべられると妄信に近い、甘えにも似た思考がある点です。





当たり前のことですが、我々障害者は不況や更なる生活の困苦に対しては「自衛」しなければならない、ということ。


日頃から倹約に努める。


食料品は安いときを見て買い備える。


現金は一円でも多く貯蓄して備える。


最低限、医師に診察してもらえるだけのゆとりを備える。


これらは当たり前のことかもしれませんが、その当たり前すら満足に出来ていない己(おのれ)はいったい何なのか、ということ。


コロナ禍のようなピンチというのは、忘れた頃にやってくるのです。