ブログにお越しくださり、ありがとうございます。坂本範子です。
自由意思があるかないか?ということに関して
いろんな議論がなされます。
本当の自分とは何なのか?が
本当に明らかになったら
自由意思ってありません。
だけど、
本当の自分が明らかになっていない時は
自我の自分がなんでもやっているように感じるので
自由意思が無いとは到底思えません。
その後、
自我の軸を保ったまま
「自由意思はない」という呪文につかまると
創り上げた世界の中に入り込んでしまいます。
そのようにして、自我を強化してしまいます。
「自由意思はないのだ!」という創られた自我世界が、
どんどん強固になってしまいます。
それらの罠につかまらない方法は
「自由意思があっても、自由意思がなくても
どちらでもよし」
という、自我世界を強化させない
ニュートラルなスタンスを選ぶこと。
選んだら、その中に在ること。
その両極の事柄の真ん中に
今この瞬間があります。
それがあります。
「自由意思があるかなきか」を議論するなら
「それは、どちらでもいい」と置いておくことが
それへの近道です。
いそがば、まわれ・・・もしない。
いそがば、ほっておこう。(笑)

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
坂本範子
