飽き性で何事も長続きしない私が、マジックだけは生涯の趣味として続けられたのは、性に合っていただけでなく、実は、当時の苦悩、苦痛から逃れる手段として利用していたからではないかと思われます。
教員時代、心配症の私は思い悩むことが多くて、仕事から逃げるようにして、マジックに没頭していたのです。
カードマジックばかりやっていた時がありました。先輩から教わったり、ビデオや本から学んだりしました。そして、ひと時、苦悩を忘れます。寝ていてもカードが浮かぶほどでした。
最近、あの若いころの苦悩苦痛がなくなって、マジックの熱もずいぶん冷めました。新しいマジックを覚える気がしません。覚えても使えません。自分のものにならないのです。
カードマジックはさらにやっていません。人に見せる機会がないのです。そう思うと、カードマジックに熱中していた苦悩の時代を懐かしく思わないこともありません。
このごろは、取り立てて何かすべきこともなく、何かしようという意欲もなく、この退屈きわまりないというありがたい苦悩に陥って、ふと書棚からカードマジック事典(高木重郎著)を取り出して、パラパラとページを繰りました。
カードマジックの解説がたくさん書かれています。そのなかに「ひっくり返るカード」というのがありました。ああ、昔やっていたなあ、苦労して覚えたもんだと懐かしく思いました。
でも、やり方をすっかり忘れています。ため息が出ます。
それで、本の解説通り、順を追ってゆっくりやってみました。すると、じわじわと、氷が解けるように思い出してきました。当時の苦労とちがって、案外、簡単にできるようになりました。
私には、なかなか難しいカードマジックで、誰かに見せるというようなものでなく、一人でマジシャンとお客を演じて楽しんでいます。ああ、すっかり思い出しました。そして、すっかり退屈という苦痛を忘れました。
著者、高木重郎さんはいい仕事をされました。また、この「ひっくり返るカード」の考案者、ダイバーノンさんもマジックの世界に多大な貢献をされました。こういう人たちのおかげで、私は今マジックを楽しませてもらっているということを忘れません。