宮本輝「潮音」第4巻を読んだ。
1月末に第1巻を読んで以来3か月かかった。
これまでも、進行に応じ、印象の残った個所をいくつか挙げてきました。
第4巻の残り部分では・・・
p359
明治になって太政官政府のもとで,戸長は百姓たちを助けるどころか、
取り立てた税をごまかして、自分の懐に入れるという悪徳なものもあらわれた。
p392
放っておけばこうなるだろうとわかっていても、どうしてもやることもできない。
そうことがわたくしたちにはあまりのも多いようでございますね。
p393
「耳をすませてごらんなさい。心をみんな耳に持っていくんです。
最終巻にふさわしく、著者の人生観が垣間見えます。
本書は、30年ほど前に昔富山に1年だけ住んだ縁で
「倒幕資金は、富山売薬と薩摩藩の共謀による密輸に拠っていた」と聞き、
文芸春秋の取材に基づき小説化したとのこと(第4巻・「あとがき」)。
私は、18まで富山市に住み、65歳の時に妻の実家のある鹿児島に越して19年たった。
「富山と鹿児島」というつながりに縁を感じた。
小説の中に、岩瀬。八尾、伏木といった富山県の地名を聞くのも懐かしい。
鹿児島に来て初めて知る幕末維新の細かな事実によって、この時代の転換期に鹿児島が
果たしてきた大きな役割を改めて知った。
著者のいうように、「政治は為政者が行うのではなく、名もない人々こそが担ってきたのだ」
というメッセージが全編を貫いています。
第4巻の帯には
「時代の扉を開くのはつねに名もなき人々だ」とありました。
多数の登場人物のうち、
主人公の妻である「お登勢」と
腹心の部下であった「才児」が印象に残った。
著者は、薩摩の人材に関しては、西郷や大久保に対してより
島津斉彬や調所笑左衛門(家老)への評価が高いように感じた。
今日のタイトルは第4巻の最終ページに近い個所からとりました。


