※フェースブック2017.8.11 (6年前の今日)投稿した。
昨日15時、酷暑の中を徒歩で市立病院救急センターに到着。
妻は、諸検査を経て、昨夜22時救急病棟に入院しました。
午前中の某病院の検査を経て1日大変でした。妻に代わり沢山の書類を書いた。病院スタッフが親切なのに救われた。
担当医による病状の説明は要領を得ない。肺炎に殉ずる対応をするという。心臓や消化器系ではない。
遅い時間で病院の正面玄関は閉じていた。
そして今日から3連休・お盆。タイムイングとしては滑り込みセーフでした。
月曜日は、妻の75歳の誕生日でした。
昨夜は、水枕の氷を入れ替える作業は無くなった。
今日、タオルなどを届けに行きます。本人は、病院入口のコンビニに何でもあるから大丈夫と言っていた。歩行・飲食可能です。
【その後:2023.8.11】
2週間の入院でも病因を特定できず、鹿児島大学病院で検査を行う。
自己免疫系の難病と判定された。
私なりの発病の契機は、折からの酷暑に、義母の介護に関して関係機関を
調整したり、食事介助をしたりした疲労の蓄積かと。
彼女は、先日満81歳となり「1病息災」で健康ですが、やはりコロナは怖いですね。「高齢者・基礎疾患は危ない」とされていますから。
なお、義母は思い認知症でしたが、この夏の暮に亡くなった。99歳6か月だった。
