※旧ブログ「上荒田日記」2015年4月投稿の記事から。

 

【集まり】

Facebookで知って昨夜(4月7日)初めて参加した読書会の様子と、終了後私が思ったことを補足して書きます。

会合は毎月1回行われ、昨夜で第8回ということでした。私が初めての参加で、あとの6人は最初から、あるいは中途からの参加ですが、特色として3人の方は指宿から参加されています。「キャリア形成」のコンサルタントのようなお仕事をされている方が多い。女性も2人おられる。おおむね30代から50代とお見受けした。

場所は、自宅マンションから徒歩10分ほどの「甲南福祉館」という市役所の施設で、大広間の一角にテーブルを並べて座ります。

費用は500円。お菓子が出ていた。

 

【テキスト】

ウイリアム・ブリッジズ「トランジション/人生の転機を活かすために」(写真1)を使っています。

昨夜は、第4章で「仕事とトランジション」(写真2)です。

節ごとに音読して感想を語り合います。夕方というか18時45分から20時45分まで2時間きっちり行いました。進行が手際よく、メンバーの自由な意見を促して進みます。

 

 

【概要】

昨夜読んだのは、第4章の前半で、p116-123.

節は、

・夢や希望は変化する

・はるかな高みを目標にする社会

・トランジションに3つの局面

・トランジションの共鳴

の4つです。

 

印象に残った内容をあげておきます。

・生涯を通じて新たな夢を生み出す

・人生のイメージは、複数のサイクルが折り重なっていくらせん状

・心のシグナル

・現代社会は、変化を重視する時代

・「終わり」は、常に最初にやってくる

・「ニュートラルゾーン」が大事。

 

【74歳】

昨日は、ちょうど、私の74歳の誕生日でした。

このブログでも触れてきたように、この2月ですべての仕事を辞めています。

43歳で20年続けた公務員を辞め、その後30年は5つの私立大学で教壇に立った。

定年後も3年間、4大と短大で講義を持っていたが、それも2014年度で辞めたのです。

 

議論を聞きながら、私の昔ばなしも披露したのですが、なにもなくなった今の私こそ議論している「トランジション」そのもので、この空白の時間が貴重なのだという説明への実感が今になってわかってきた。

今更50年の職業生活を悔いても始まらない。

74歳からの残された人生にどのような社会的な参加の仕方があるのか?

 

【学ぶこと】

昨日は、自分は、本来は何をするのがふさわしかったのか?

何をしたいのか?

ということを改めて考えさせられた。6人の方の人生も真剣で波乱に満ちたものでしたが、ここでは詳しくは書きません。

 

最後の授業の時、学生から「仕事を辞めたら何をして過ごすのか?」という質問を受けたが明確な回答はしないままでした。

 

初めて大学に勤務したころ、妻から「昔(公務員)に比べて勉強してない」といわれてどきりとした。

公務員を辞めた段階では予想もしてなかった大学の教員になるという道は30年たった今思うととても辛かった。というのは、研究はほとんどしておらず、教育にエネルギーをとられた。会議や雑用に取られた時間も多かった。

 

社会人としての生活は次第に荷物を降ろしてきた日々だったともいえます。

 

【学ぶ仲間】

昨日は、午前中、鹿児島大学大学院の教育学研究科の社会人学生による自主読書会に参加していました。昨年度も10回にわたりエンゲストロームの翻訳を読んできました。参加者は、チューター役の先生を含めて4人です。昨日は、新しくレヴィ・ストロースを読むことが決まっていて具体的なテキストを選ぶ相談でした。

⇒別途書きます。

 

昨日の2つの勉強会を通じて今思うことは、

私のやりたいことは、このような少人数の学びの場、ちょうど大学や大学院のゼミのような場だと思いました。自分が主宰することはたくさんあったが、これは「仕事」ですね。

誰かの企画、どこかの場に参加して、ほかの人の意見も聞き、自分の意見も述べる。

ネットでの情報・意見のやり取りと比べて意外性があって楽しい。

 

テーマは、一つの分野にこだわらず、というか、すべての関心事項は何か1つの収斂するのではというスタンスで、野次馬的にさまざまなテーマを学ぶ。

 

それでどうなるのか?収入につながるのか?友達が増えるのか?

といったことは二次的で、「学ぶ楽しみ」に徹すればいい。