近所の鹿児島大学を歩く。

 

1984年夏の人事異動で20年近く勤務してきた旧厚生省を辞めた。

43歳だった。

最初にしたことは、貯金をはたいて全国の老人ホームを訪ねた。

大分や岩手など、その感想を「老人生活研究」に掲載してもらった。

10回ほど続けたが手元には残っていません。

次によく行ったのは、青山にあった健保連の図書館と板橋にあった東京都

老人研究所の図書館でした。

生活費は、友人が経営する小さな出版社(四谷にあった)の給料で賄った。

 

その秋、法政大学の市ヶ谷キャンパスに「社会保障論」を教えていた。

当時は、まだ福祉学部はなく「社会学部」だったと思います。

検索すると社会学部は多摩キャンパスに移転したようです。

桜の咲いているときに四谷坂町から土手を歩いて通った記憶があります。

だから1年半だったのかなぁ。画像検索した。

 

 

ともかく予定していなかったことですが、大学の教壇に初めて非常勤講師として

立ったのは法政大学です。

 

受講を登録した学生は500人近くでしたが、教室にくるのは毎週僅かでした。

1時間目でした。

ある週のこと、30分待っても1人も学生が来ない。教務課へ連絡して帰ろうか

というときに男子学生が1人入ってきた。大きな教室です。

私から彼の方に近づいていき、結局、近所の喫茶店に誘って進路相談のようなことを

したのかなぁ?

その後、何年か経って、福祉系の大学に職を得たが、彼がそこの1年コースに入学してきた。東北の方の福祉関係に就職したと聞いた。

 

法政大学は、最近高層のビルを建てたという。画像検索したものです。