上垣外憲一「鎖国前夜ラプソディ」(講談社選書メチエ、20189を読み返しています。

副題に、

惺窩と家康の「日本の大航海時代」とあるとおり、この時代の日本をめぐる国際的な情勢が下敷きにあります。

 

本書第4章で

「薩摩、明国、ルソン」p123-197とありますが、

1596年、藤原惺窩が現在の鹿児島県肝付町内之浦に1週間余り滞在したことを詳しく書いています。

 

 

「内之浦港」は、深い海底があったので大型の船が出入りしていた。

 

1598年には秀吉が亡くなり

1600年には関ケ原の戦いがあった。

 

藤原惺窩の弟子が林羅山で徳川幕府の統治方針を定めたことで知られる。

 

本書第4章の結論部分で、

家康がたびたび惺窩に講義を求め、江戸に招聘するのは、外交・貿易面での惺窩の知識を充てにしていたp196としています。

惺窩は薩摩(内之浦)で「大航海時代」の世界を垣間見て家康に伝えた。P197

 

1609年薩摩の琉球侵攻は、家康の許可を得て行われた。