1995年1月17日午前5時52分、
「ズドーン」という音とともに天地を揺るがす地鳴りと上下震、
一瞬の間にビルや家屋が崩れ、いたるところで黒煙を上げて燃え広がった。
人々は恐怖におののき、瓦礫の中を逃げ惑い、
近代都市神戸の街が修羅場化したのである。
↑は<昨日掲載の現在日本文化論にfusanが書いた書きだし部分である>
fusanが勤務していた神戸の職場では、職員の死亡11人、家族の死亡49人
全職員の家屋の全壊は553軒という悲惨な状況だった。
fusanその年の6月から東京へ居を移し、震災被災者救援に関する仕事に・・・
今日の写真は、震災翌年から開催された「1・17の祈り」に参加したもので、
1996年から15年ほど続けて参加し、その中から選んだ祈りの写真
↓ 今朝の神戸新聞から拝借