↑ 先日、故郷の親戚の人が送ってくれた大分県竹田市の「くじゅう連山」
山の名前は←から「久住山」「大船山」「黒岳」
収穫が終えた田んぼには、すでに緑の新芽が目立ちます。
先日、滝廉太郎が「荒城の月」を構想した↓「岡城址」は、
大分県・竹田市にあるため、
天空の城で有名な兵庫県・朝来市の「竹田城址」と間違えられます。
↓ は天空の城として雲海に浮かぶ兵庫県・朝来市の「竹田城址」
↓ 兵庫県朝来市にある竹田城址を訪問した時のfusan
↑ 「滝廉太郎」が「荒城の月」を作曲したと言われる「岡城祉」にある銅像。
後方にfusanの生家がある。
昨夕、夜の月を眺めながら滝廉太郎作曲の「荒城の月」が浮かんだ。
彼の曲には晩秋の情景表現した曲が多く、
「作曲」だけでなく「荒城の月」は「詩」も彼が詠んだものだ。
殆どの人は瀧廉太郎と言えば「花」「箱根八里」「荒城の月」が浮ぶだろう。
そんなことを思い出しながらブログに掲載してみたが、
秋の月を眺めるていると、故郷の岡城址が浮かんでくる。
大分県・竹田市は、彼が東京へ行くまで多感な時代を過ごした所だ。
fusanが通った高校は「荒城の月」を作曲した「岡城址」の近くにある。
↓ 岡城祉の石垣 ↓ JR豊後竹田駅にある銅像
↓ 川端康成が竹田を訪れた時書いた自筆の原稿、
↓ 滝廉太郎が住んでいた家は、現在は瀧廉太郎記念館として残されている。 
以前はJR竹田駅に列車が到着すると「荒城の月」が流れていたが、
数年前から「花」に変更されたようだ。