fusanのブログ

  ↑ 先日、故郷の親戚の人が送ってくれた大分県竹田市の「くじゅう連山」

 

     山の名前は←から「久住山」「大船山」「黒岳」

 

     収穫が終えた田んぼには、すでに緑の新芽が目立ちます。

 

     先日、滝廉太郎が「荒城の月」を構想した↓「岡城址」は、

 

     大分県・竹田市にあるため、

 

     天空の城で有名な兵庫県・朝来市の「竹田城址」と間違えられます。

 

                

      ↓ は天空の城として雲海に浮かぶ兵庫県・朝来市の「竹田城址」

          ↓ 兵庫県朝来市にある竹田城址を訪問した時のfusan

      

     

                  

               ↑ コオロギ

 

     最近は、朝早くから「虫」の鳴き声が聴こえるようになって、

 

     虫の鳴き声から秋の深まりを感じることを「虫聞き」と言うようだ。

 

     fusanには、写真は撮っても何の虫なのか分からないが、

 

     自宅近くの雑草地や田んぼに入って虫たちを捜して見た。

 

     日本では、「虫」と言えば「秋」に鳴く虫の事を指したようだ。

 

     秋の深まりとともに、虫の鳴き声を聞き涼しさや寂しさを感じるのは、

 

     日本人独特の感性だと言われている。

 

     昔、「コオロギ」の鳴き声を聞きながら、

 

     「肩刺せ」「裾刺せ」と言ってた頃の事が浮かんできた。

 

     

      ↑ 入り口下げられた箕(みの)と傘は主(あるじ)在宅中という印。

 

      落柿舎は「向井去来」の草庵で「松尾芭蕉」も訪れた所で、

 

      文学史上重要な場所なのだ。

 

      「松尾芭蕉」が落柿舎に滞留して書いた「嵯峨日記」は有名。

 

        落柿舎や庭の古木に柿十個

   これまでfusanの嵯峨野巡りは10回を超えるが、

 

      「落柿舎」に立寄るのは秋だけと決めていた。

 

      今日の写真は、在庫からだが、

 

     「落柿舎」の由来は庭にある「柿の実」を商人に売る約束をしてて、

 

     一夜のうちに強風で全て落下してしまったという話からつけられた。

 

    ↓ 柿の葉と実、さらにススキとキキョウも生けられていた座敷。

     門を出れば我も行人秋のくれ

                            <与謝蕪村>

 

     先日の5連休と違って、今週の3連休は秋日和が続いた。

 

               ところが今朝の5時、窓を打ち鳴らす強風雨で目が覚めた。

 

     近隣の雑草地の草花も色づき始め、秋は隅々まで入り込んできた。

 

     今日のブログの「秋草の小径」は、

 

     fusan家近くの自然雑草地と、六甲山系で撮ったものをだ。

 

     猛暑続きの夏も過ぎて、自然の草花はどんな影響を受けたのか?

 

     詳しくは分からないが、元気な顔を見ると嬉しくなる。

 

                秋の七草

                     

                   

 

                   

 

                   

  ↑ 「滝廉太郎」が「荒城の月」を作曲したと言われる「岡城祉」にある銅像。

    後方にfusanの生家がある。

 

    昨夕、夜の月を眺めながら滝廉太郎作曲の「荒城の月」が浮かんだ。

 

    彼の曲には晩秋の情景表現した曲が多く、

 

    「作曲」だけでなく「荒城の月」は「詩」も彼が詠んだものだ。

 

    殆どの人は瀧廉太郎と言えば「花」「箱根八里」「荒城の月」が浮ぶだろう。

 

    そんなことを思い出しながらブログに掲載してみたが、

 

    秋の月を眺めるていると、故郷の岡城址が浮かんでくる。

 

    大分県・竹田市は、彼が東京へ行くまで多感な時代を過ごした所だ。

 

    fusanが通った高校は「荒城の月」を作曲した「岡城址」の近くにある。

 

    ↓ 岡城祉の石垣              ↓ JR豊後竹田駅にある銅像                           

                   

                  

         ↓ 川端康成が竹田を訪れた時書いた自筆の原稿、

      

    ↓ 滝廉太郎が住んでいた家は、現在は瀧廉太郎記念館として残されている。         

                以前はJR竹田駅に列車が到着すると「荒城の月」が流れていたが、

        数年前から「花」に変更されたようだ。

               ↓ 昔、fusanが「瀧廉太郎」のお墓へお参りした時のもの