旧街道歩き旅と全国の古寺巡り

旧街道歩き旅と全国の古寺巡り

鉄道好きオヤジが、旧街道や全国の古寺巡りを楽しんでます。

おやじの百寺巡礼

            ≪NO.99

 

興福寺(こうふくじ)

       《長崎県長崎市》

            令和8年3月14日(土)

 

いよいよ、この百寺巡礼

99ヶ寺目となりました。

 

あとは、

過去3度も行ったことがある

福井県曹洞宗大本山

永平寺を残すのみとなります。

 

永平寺はこの百寺巡礼

結願寺(けちがんじ)

取っておいたのです。

 

今年中には

必ず訪問したいと思っています。

 

さて、

今回の九州巡礼

最後の寺

長崎寺町にある

興福寺です。

 

前回訪れた崇福寺から

約1㎞弱くらいでしょうか。

結構近いので

途中の街並みを眺めながら

歩いて向かいました。

 

長崎の街の東側に

古い寺が続く

寺町通りがあります。

 

細い石畳の道ですが

整備された歩道もあり

様々な宗派のお寺が並ぶ

静かな通りでした。

 

興福寺崇福寺と同じ

黄檗宗のお寺です。

 

ただ様式は

崇福寺のように

中国風の異国情緒あふれる

お寺ではなく

入母屋造単層屋根山門

ドーンと迎えてくれるお寺でした。

 

山門横には小さながあり

長崎四国第七十八番霊場

書かれた木札が下がっていました。

 

山門をくぐると

正面に隠元禅師の像が

迎えてくれました。

隠元禅師

中国から長崎へ渡海し

そして

この興福寺住職として

1年滞在したそうです。

 

正面の大雄宝殿(本堂)は二層で

反りのある大きな屋根を持つ

中国風の建物でした。

 

カラフルな幟が風に揺られています。

 

大雄宝殿の両脇には

この寺のシンボルである

巨大なソテツの木

二本植えられています。

ソテツは花と実

つけていました。

 

その花と実を剪定したもの

受付の女性が

わざわざ受付所から

持ってきて見せてくれました。

 

始めて観ましたが

赤い実はハート形をしており

幸せの実と呼ばれ

縁結びや子宝のご利益がある

と話してくれました。

大雄宝殿祭壇には

本尊の釈迦如来

準提観音菩薩

地蔵王菩薩を従えて坐しています。

 

振り返ると

大ソテツの向こうに

鍾鼓楼カラフルな

なんとも異国風です。

 

寺の至る所に

いろんな花々が活けられています。

 

庫裏の前には黄檗宗特有

崇福寺にもあった

大きな開ぱん(魚版)がありました。

 

この丸窓もなんとも中国らしいです。

 

この寺のご住職

とても花好きなのでしょう。

手入れされた花々が

とても綺麗でした。

 

本堂を支える柱を見ると

少し湾曲していました。

これは、

あの昭和20年8月9日原爆

本堂が崩れるのを護るために

歪んでしまったという

まさに

その名残りなのだそうです。

恐ろしい歴史の傷跡です。

 

媽祖堂(まそどう)です。

海天司福主」という

大きな扁額が掛けられていました。

興福寺では最古の建物です。

 

旧唐人屋敷門です。

かつて唐人屋敷にあった門を

この興福寺移築しました。

 

鍾鼓楼です。

二階建てで以前は

上階に梵鐘があったようですが

現在は下階の禅堂におろされていました。

 

興福寺の訪問を終え

坂を下り

近くの有名な眼鏡橋方面へ行ってみました。

土曜日なのですが

見かけるのは

東洋系外国人ばかりで、

観光客が

なぜかとても少ないように感じました。

眼鏡橋の袂

散歩中の老夫婦

「ゆっくり、

いろんなものを見て行ってね」と

話しかけられました。

地元の方からの言葉に

とても嬉しいひと時でした。

 

今日の夕餉です。

大好きなブリの刺身

そしてカレー風味の春巻き

そしてふわふわのさつま揚げ

どれもこれもゼッピンでした。

 

ホテルに戻り

長崎の夜景を眺めます。

毎日良い天気で

今夜

素晴らしい夜景

眺めることができました。

                    【2026.3.22記】

 

興福寺(こうふくじ)

【宗 派】 黄檗宗(禅宗)別格地

【山 号】 東明山(とうめいざん)

【所在地】 長崎県長崎市寺町4番32号

【電 話】 095-822-1076

【H P】  hppt://kofukuji.com

【拝観時間】8時~17時

【拝観料】 500円 

【交 通】 JR長崎駅から長崎バスまたは路面電車

      で公会堂前下車徒歩3分

おやじの百寺巡礼

            ≪NO.98

 

崇福寺(そうふくじ)

       《長崎県長崎市》

            令和8年3月14日(土)

昨夜も良く晴れていて

長崎の街の夜景

ホテルから良く見えました。

 

今朝は、ホテルからシャトルバスに乗り

長崎駅から崇福寺を目指します。

最初は路線バスに乗ることにしました。

車窓から

いろんな路面電車

とても良く見えるのです。

 

目的である

崇福寺行路面電車も走ってます。

路面電車は、

レトロなものから近代的なものまで

たくさん走っていて

観るのが楽しく飽きることがありません。

乗っているバスの運転手さんも親切

「お客さん、つぎは崇福寺前ですよ、

  降りたらその道を

   真っすぐに言ってください。」

と教えてくれました。

 

3分も歩かぬうちに崇福寺

突然現れました。

 

まさに中国風です。一目でわかります。

やはり黄檗宗です。

屋根瓦の左右に想像上の魚

麻伽羅(まから)」

が乗っています。

まるで異国にきたようです。

三門横には

禅宗特有の「不許葷酒入山門」の

石柱が建っています。

本山「萬福寺」のものは

不許葷辛酒肉入山門」と

彫ってありました。

 

この寺は

もしかして

辛い物や肉を食べること

許されているのかもしれません()。

 

石段を登りながら振り返ります。

ビル群の中に

このような建物があっても

なぜか調和しています。

とても不思議な光景です。

 

第一峰門です。

これをくぐると

本殿の大雄宝殿が見えてくるのでしょう。

 

境内(中庭)には花手水がありました。

毎朝、ボランティアの方が

掃除手入れをしているようです。

今朝もおひとりの年配女性

黙々と掃除をしていました。

 

その年配女性によると

この寺に住まわれていたご住職

昨年亡くなり

本山の京都宇治の萬福寺から

新しい住職が見えたそうです。

 

須弥壇もほんとに異国の寺のようです。

 

大釜がありました。

昔、飢饉のときに

困っていた町民に

この大釜おかゆを焚いて配り、

人々を救ったそうです。

 

庫裏の前に「開ぱん(魚ぱん)」がありました。

 

よく手入れされた境内です。

 

大雄宝殿(本堂)の須弥壇です。

ボランティアのご婦人から

「写真はどんどん撮ってください」

と許可をいただきました。

 

本尊、釈迦如来

迦葉阿難の像を従え

 

左右の祭壇には十八羅漢が並んでいます。

 

大雄宝殿の軒は

やはり中国式なのでしょうか。

曲線を帯びていて

非常に変わっていました。

 

早朝崇福寺

長崎の街中にあるにも関わらず

散歩で訪れる人以外は

ほとんど人影がありませんでした

 

静かな寺内

しっかりお詣りができました。

 

次は寺町散策しながら

興福寺を目指します。

 

同じく黄檗宗ですので

中国風なのでしょう。

長崎らしい

お寺巡りになりそうです。

              【2026.3.21記】

 

崇福寺(そうふくじ)

【宗 派】 黄檗宗

【山 号】 聖寿山(しょうじゅさん)

【所在地】 長崎県長崎市鍛冶屋町7-5

【電 話】 095-823-2645

【拝観時間】8時~17時

【拝観料】 500円 

【交 通】 JR長崎駅から長崎バスまたは路面電車

      で崇福寺前下車徒歩3分

 

おやじの百寺巡礼

            ≪NO.97

 

観世音寺(かんぜおんじ)

       《福岡県太宰府市》

            令和8年3月13日(金)

 

西九州新幹線「かもめ」に乗って

長崎駅から

福岡県の久留米駅、

そして

太宰府駅を目指します。

 

久留米市梅林寺を訪問し

西鉄久留米駅からは西鉄電車に乗車です。

まだ車内天井には

扇風機が付いているレトロな電車でした。

 

観世音寺に行くには

西鉄五条駅から歩いたほうが近いのですが

太宰府天満宮を訪れる

観光客の様子が見たくて

太宰府駅で下車しました。

 

ちょうど、近くの

筑紫女学院大学

卒業式の日だったようで

駅前には

臨時バスを待つ保護者が

列をなしていました。

 

太宰府駅より

人気の天満宮とは

反対方向へ約20分

観世音寺まで歩きました。

大きな「観世音寺」と彫ってある

石塔がありました。

 

正面の講堂までは

鬱蒼とした木々のなかを歩きます。

奈良平安時代の頃は

とても大きなお寺でと聞いていましたので

南大門跡の礎石

予想通り大きかったです。

 

正面の講堂の前に立ちました。

たくさんの寺を観てきたので

こじんまりとした建物だなと

感じてしまいました。

 

当然、講堂や他の堂宇の中に

入ることはかないませんでした。

 

境内に

日本一古い梵鐘があると聞いていたので

ぜひ見てみたいものだと鐘楼の下から

見上げましたが、

梵鐘が見当たりません。

昨年の8月までは

九州国立博物館展示中

書いてありましたが、

今(R8年3月)でも展示中なのでしょうか?

境内を散策していると

梅林寺の時と同じように

小雨が降ってきました。

 

雨脚がひどくなってきたので

雨宿りを兼ねて

校倉造り風の収蔵庫である

宝蔵へ向かい走りました。

 

入口はひっそりとしていましたが

中から受付の女性が声をかけてくれました。

「雨が降ってきちゃいましたね。」

「雨宿りしながらゆっくりご覧ください」

そんな会話をしながら

宝蔵のなかへ。

 

階段の登り口に700年ごろ

観世音寺全体絵図があり

眺めていると

受付の女性が

詳しく説明してくれました。

 

2階にいくと

それはそれはビックリです。

館内を見渡すように

巨大な仏像

並んでいたのです。

 

写真撮影はできないので残念ですが

5mはある大きな仏像です。

 

そんな仏像16体も立っています。

ほとんどが重要文化財の様です。

ほんとに

圧倒されてしまいました。

 

大きな仏像に囲まれて

時間を忘れるほどでした。

 

しばらくして

出口へ行ってみると

が上がっていました。

 

観世音寺境内を横切り

 

隣の戒壇院を訪れました。

もともとは

観世音寺の伽藍でしたが

現在は独立した寺院となっています。

 

奈良の東大寺下野の薬師寺と共に

天下の三戒壇」と称された寺です。

 

鐘楼観世音寺よりしっかりとした造りで

立派でした。

 

あの鑑真

日本に来て初めて授戒を行ったのも

この戒壇院だそうです。

 

雨もすっかりあがり

青空が見えてきたので

少し離れた

大宰府政庁跡」に行ってみました。

この政庁跡の

ダザイフ」の「」には点がありません。

地名の「ダザイフ」の「」には

宰府と点があります。

役所名としての「ダ(大)」と

地名「ダ(太)」はどうやら

区別されているようです。

とても広く、見た目には

ただの原っぱのような場所ですが

至る所に大きな礎石が並んでいて

これを土台にして建っていた建物

想像すると

とてもロマンを感じました。

 

奈良時代から平安時代には

この地に九州を統括する

大宰府」がおかれていたのです。

 

朝鮮半島や中国が近いという

ことはわかりますが

何故、この場所に?と

現在の様子をみて

不思議に感じてしまいました。

 

だいぶ予定より時間を

使ってしまいました。

 

帰路は博多から

リレー特急「かもめ」

そして西九州新幹線「かもめ」

長崎に戻りました。

 

夕食はあまり長崎らしくありませんが

美味しい「馬刺し」と「鳥かわ」で一杯。

一日の疲れを取りました。

太宰府天満宮のあのものすごい人波に比べて

観世音寺大宰府政庁跡の静けさは

ものすごいギャップを感じました。

 

そして

ダザイフの「」と「」の

の違いもわかり

有意義な一日を過ごしました。

                    【2026.3.20記】

 

観世音寺(かんぜおんじ)

【宗 派】 天台宗

【山 号】 清水山(せいすいざん)普門院

【所在地】 福岡市太宰府市観世音寺5-6-1

【電 話】 092-922-1811

【拝観時間】宝蔵は9時~17時

【拝観料】 境内自由 宝蔵は600円 

【交 通】 西鉄五条駅から駅から徒歩10分