(フローラ・ジャスミンを抱きしめるサヘル・ローズ )

 

 

 

フローラ・ジャスミンは、イラン国王の侍医を務める名門の医家に生まれ、幸せな少女時代を過ごした。

 

しかし、1980年9月22日未明、イラク空軍がイランの10か所の空軍基地を爆撃し、同時にイラク陸軍が国境を越えて一斉にイラン国土に侵攻してきた。イラン軍も急ぎ迎撃を開始し、ここに8年にわたるイラン・イラク戦争が勃発したのだ。

 

戦争のまっただ中でテヘラン大学に入学したフローラは、救護隊ボランティアに参加し、壊滅した町々の被災民の救護活動に力を尽くしていく。

 

 

 

1989年2月下旬のこと、イランとイラクの国境に近いホラムシャハル近郊にある小さな町がイラク軍の空爆によって壊滅した。

 

フローラはテヘラン大学から現地に駆け付け、そこで3歳の少女サヘルを見つけ出す。

 

サヘルはこの町に住む一家13人家族の末っ子だったが、彼女以外の家族全員が死亡し、ただ一人生き残って瓦礫に埋もれていたのだ。

 

フローラはサヘルを戦火の中で奇跡的に救出したのである。

 

 

 

フローラはとりあえずサヘルが孤児院で暮らせるように手配するが、後に、自らサヘルの養母となる決意をする。

 

まだ大学生であったフローラは家族から強く反対された。しかも当時イランでは養母になる女性は子どもの産めない女性に限られていた。

 

しかしフローラの決意は固かった。フローラは家族の反対を押し切り、サヘルを養女にするためについに不妊手術を受けるのである。

 

 

 

フローラは家族や周りの理解を得られることはなく、イラン国内にはフローラとサヘルの居場所がなくなっていった。

 

そして1993年、フローラは知人を頼って、7歳になった養女サヘルを連れて日本へと飛び立ったのだ。

 

来日当初の生活は非常に貧しかった。幼いサヘルと共に2週間ほど公園でホームレス同然の生活を経験したこともある。それにサヘルはイラン人だということで小学校でもいじめられた。

 

 

 

しかしサヘルはたくましく育ち、高校生になるとスカウトされて芸能活動を開始する。

 

やがて女優サヘル・ローズとして舞台『恭しき娼婦』で主演を務め、主演映画『冷たい床』ではミラノ国際映画祭で最優秀主演女優賞を受賞するのである。

 

サヘル・ローズとは養母フローラがつけた名前で、「砂浜に咲く薔薇」という意味だ。薔薇は砂浜には咲かないはずだが、自らの力で困難に立ち向かって薔薇のような花を咲かせてほしいと願ったのである。

 

 

 

しかし間もなくフローラに乳がんが発見される。

 

フローラは入院し、やがて一命を取り留めると、サヘルにあらためて「海外に旅立って、あなたと同じ思いをした人たちと交流しなさい」と話す。

 

フローラはサヘルが未だに戦争で家族を失った傷と闘い続けており、日本で「孤独」を感じているのを痛いほど解っていたのである。

 

 

 

サヘルは世界の戦場や貧困地域に足を運び、戦争孤児のための児童養護施設などを訪問した。

 

その一つが、今回NHKでも取り上げたイラクの女性保護施設であった。この施設では戦場で性的虐待を受けた女性たちが保護され、助け合って働いている。

 

サヘルは彼女たちに懸命に語りかけるが、彼女らの表情は硬いまま変わらなかった。ある女性から言い返された。「みんなここに来て『ここで聴いた事実を世界に届ける』と言うが、誰もその約束を果たさない」と。

 

サヘルは意を決して語った。「7歳から日本で生活しているが、10代後半にイランに帰ったとき、ある男性から性的虐待を受けた。その男は、止めに入った養母のフローラに、『戦争孤児だから何をやってもいいと思った』と言った」。

 

そこまで話すとサヘルは涙があふれてきて次の言葉が出ない。泣き崩れるサヘルに、彼女たちが励ましの手を差し伸べた。「あなたと私たちの経験は同じものだ」。

 

 

 

サヘルは自分と同じように戦争の犠牲になった人たちと語り合う中で、傷みと共に生きることを学んでいる。

 

サヘルは、フローラが自分を助けるために自らの人生を犠牲にしたように、自分も痛みに震える少女のために自らの人生を尽くしたい、と語る。

 

フローラからサヘルへ、その愛と和の精神が引き継がれているのである。

 

 

 

この平和な日本においても、大和撫子である日本女性にも、サヘル・ローズと同じ孤立感をもって生きている女性が少なからずいると思われる。

 

彼女たちは、戦争体験や孤児院で育った体験があるわけではないが、サヘルと同じ感覚を持ってギリギリのところで耐えて人生を生きている。

 

それは両親や夫の性格異常、学校によるいじめ、病気、何らかの精神疾患によるものと診断されるかもしれない。

 

しかし、その根源にあるものは、人類が積み重ねてきた競争と戦いの罪業である。

 

いまこそ人類は、フローラ・ジャスミンが実践し、サヘル・ローズが受け継ごうとしている愛と和の精神に帰一しなければならないと思うのです。