これは何か? 

 

 

 

この木彫りは、彫刻家・宇賀地洋子の作品である。

 

名付けて 「ででんぶん」。

 

 

 

なんと謎に満ちていることか。

 

 

  「ででんぶん」 (2019 ヒノキ) 

 

 

しかし、じっと観ていると、

 

う~む、なんとも日本的ではないか。

 

この木彫りから、縄文日本人の香りを感じるのである。

 

 

 

それに名称の「ででんぶん」

 

これもなんとも縄文日本人的な香りがある。

 

 

 

 

 

 

  ででんぶん(2011) と ででんぶん(2019)

  同じヒノキだが、時間がたつと右側から左の飴(あめ)色になる

 

 

 

 

「ででんぶん」について、宇賀地洋子は語る。

 

 

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ででんぶん、

 

 

昨日五月節句の木彫りを ぎりぎり納品することが出来た!

間にあったぁ~~。



名付けて 『ででんぶん』

 

 

 

「ででんぶん」に意味はない

 

音の響きだけで決めた

何があっても 

何度転んでも

起きればいい

ででんぶん と立てばいい

そんな音。。。

 

 

 

ででんぶんはこれで3作だが そのつど違う

同じものは出来ないから 初めてのように苦しかった

ああでもないこうでもないと四苦八苦

彫ることは壊すことだと毎回わかってはいるけれど、、、

 

 

 

破壊は創作・・・

壊して壊して壊して壊して最後に突然生まれてくれる・・・そんな感じ・・・

壊すのは苦しい

勇気も要る

せっかくここまで彫って ここんところ気に入ってるのに、、

ここ彫らないと 全体的に前に進めない

これ以上は 進めないとなったら、、

壊さなければならない、、

壊す勇気がなければ前に進めない、、


その壊す勇気って、どこからくるんだろうなんて 

あらためて考えたことも無かったけれど

ふと それって お母ちゃんから来ていたんだ・・・と気付く

いまごろ・・・?!

今更・・・?!



 

先日母校の講演会で「母と私」について話す機会があってあれこれ思っていたら

勇気って

お母ちゃんの「だいじょぶだぁ~」だったんだ・・・!!


言葉になるまでは 当たり前に勇気を持ってるつもりになっていたけど

超~今更だけど

勇気の元を辿って行ったら 楽天家の母の口癖だった


母の口癖

洋~思えば成るんだど~ 」

やれば何とかなる  だいじょぶだぁ~~ 」




折しも 「さとうさんのブログ」に 

母親だけが与えられる根拠のない自信

という記事が載っていて 

思わず「そうそう コレこれコレ~~!!」と目を見開いた。

 

 

 

根拠のない自信ほど疑いようがない・・・

根拠のない自信・・・そう ! 

コレを私は母からもらっていたのよ!

多分母のお腹の中にいた時から・・・



67年前

早期胎盤剥離で2か月早く生まれた私は

1700グラムの未熟児だった

でも母にはきっと 根拠のない自信があっただろう、、、

母の口癖を聞いて育った私は

長じて根拠のない自信を持つ婆になっちゃった

そんな婆が震災の年に生まれた初孫に彫ったのが ででんぶん            



明日から「令和の世」

令和を生きる孫たちへ思う・・・

何があっても   何度転んでも  起きればいい  

その勇気があればいい

なんとかなる 思えば成る  だいじょぶだぁ~~



母が生きててくれるうちは まあだまだ娘気分の婆・・・

(ハハハ しょうがないねぇ~~)


「洋~~ 思えばなるんだど」

(空耳かな・・・聞こえるよお母ちゃん)

「うん 洋 だいじょぶだぁ~~」


母の口癖が 昭和・平成・令和 へと続いて行く

お母ちゃん 私ん中に言葉が生きてるよ



ありがとう 母

母90だけど 私 まあだ お母ちゃんの娘・・・。

( ハハハハ 孫3人の婆だけど・・・)

 

 

 

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宇賀地洋子「おいちゃんの木彫りっこギャラリー」より

一部フミヤス流アレンジあり

 

 

 

 

おれが宇賀地洋子さんにはじめてお目にかかったのは先週の日曜日。

 

彼女はペンネーム「木彫りっこ」さんとしてアメブロにも書いていて、おれが2年半前にこのブログを始めてまもなく行き来するようになった。

 

たまに彼女のブログを覗くたびにその作品にだんだん関心が高まって、ようやく会うことになったのがこの日だった。

 

 

 

じつはこの日は昼から千葉県某市で友人のランチパーティがあって、そのあと宇賀地さんの彫刻家グループの展示会に伺うことにしていた。

 

ところがこの友人(女性)のパーティが素晴らしく心温まるもので、参加者の主力が彼女を慕う50代のご婦人方であるにもかかわらずコスプレと仮装の大サービスで、アルコールも浴びるほどに回った。

 

それで名残り惜しみながら途中退席させて頂いたが、すでに午後3時近くになっていた。

 

展示会は確か夕方までだ。

 

酔いながら駅までダッシュしてホームに駆け降りると運よく快速電車が停まっていて、そのまま飛び乗った。

 

あらためて展示会の時間を調べると、展覧会はなんと午後4時までとある。

 

あと1時間弱しかない。

 

 

 

展示会の会場は巣鴨のなんとか会館。

 

宇賀地さんには事前にランチパーティのあと寄らせていただく旨連絡しておいたので、展示会の終わり間近になると思っておられたと思うが、正直あせった。

 

東京駅手前の日暮里でホームを走って山手線に乗り換えて、巣鴨まであとちょっと。

 

巣鴨駅に到着したのは4時になる15分前。

 

あたたかい雰囲気の商店街を早足で通り抜けながら、宇賀地さんからのラインを見ると、

 

「とげぬき地蔵の境内の洗い観音様の行列すぐ右手裏の会館です。」

 

洗い観音?

 

行列の右手裏?

 

あった!

 

とげぬき地蔵は初めてであったがすぐに見つかった。

 

 

 

そのまま駆け込むと4時になる5分前。

 

入った正面に宇賀地さんがおられて、初対面であったがお互いにすぐにわかった。

 

「はじめまして。古鳥史康です。」

 

「はじめまして宇賀地洋子です。」

 

とあいさつし合うとすぐに打ち解けた。

 

 

 

駆けつけ3杯、ならぬ、駆けつけ3ショット(笑)

 

 

  フミヤス(左)と宇賀地洋子さん(右) おれのほうはまだアルコールが残っているか(笑)

 

 

 

  表情豊かな宇賀地さん

 

 

 

  素晴らしく活き活きしておられる

 

 

 

 

そして展示作品

 

  これぞ縄文日本人!

 

 

 

5分で展示作品の解説を受けると会場ではもう閉館の後片づけがはじまったが、宇賀地さんはその後もしばらくお話しくださって大いに盛り上がった。

 

特筆すべきは、宇賀地さんは以前から縄文日本に惹かれ、かつて仲間の芸術家たちと一緒に「縄文村」をつくろうとしたことさえあったという。

 

やはり!

 

宇賀地洋子さんの創造する母性愛は縄文日本人の原点なのだ。

 

 

 

 

→ 宇賀地洋子blog

 

→ 日本の文化伝統そして日本人のこころ