昨日は、
超ゆっくり&立ち止まったりしつつですが、
3時間、20kmくらい走りました。


二日間であまり無理なく、疲れもなく、
マラソンの距離くらい走りましたが、


ハーフマラソンがあるくらいなので、
きっと20kmの先に、

何か一つのハードルがあるんでしょうか。


マラソンやってみたくなってきました。






20km(262.3km)





さて、
今回いつもよりだいぶ多めに走ったので、
新しい気づきがありました。




最初は、
走ることを満喫するために、
星空や月を眺め、
木々のざわめきを感じ、

そして、
ミッションステートメントや目標を暗唱し、
生きれていることに感謝したり、
周りの開運祈願をしたり、

ジョギングを続け自分をコントロールできるようになった、
自分の未来をイメージしてワクワクし、

自分の体の脈動を感じ、
鍛えられている自分の心身を思い、

しばらくすると、
『ありがとう百万遍』を実践し、
(走りながら、「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」というのを、
 ずっと繰り返す)

ある時は、
哲学について思案し、

という感じで全身を使って走っていくんですが、
2時間を超える辺りから、
ちょっと飽きてきたり、
疲労を感じてきたりで、

ちょっと根性だけで走ったり、

そして徐々に、
ただ無心に走るだけ、
という感じな時間が増えてきたり。






そんな風に、
3時間の中に、いろんな状況が発生しました。


ここで気づきが。







地球上にはいろんな生物や、
チャレンジャーな人類がいて、

生き残るために、
あらゆる可能性を模索しながら生きている。



『蓼食う虫も好き好き』というように、
蓼すら食べる虫もいたり、

ナマコも食えると気付いた人もいるし、

納豆菌に侵された紙一重なエグイ豆を食べてしまったり、


無駄、必要ない、と思われるものでも、
どこに生きる道があるかわからない。






これを自分の人生に当てはめた時、
長丁場の自分の人生をステキに生きていくことも、
同じなのでは、と思いました。




自分の価値観を知る、

夢を持つ、

変えたい現状を知る、

できていない原因を知る、

目標を持つ(長期中期短期)目標を持つ、

誰かのために、

自分のために、

先を考えず、今を楽しむ、

ただ無心にそれを繰り返す、

義務として、

評価のために、

気合と努力と根性で、

追い込まれて、

誰かにお尻をたたいてもらって、

約束を守るために(自分、人)、





・・・という感じで、

あらゆる要素や段階やシチュエーションがある中で、
どれかを一面的に否定するのではなく、

ある種それらの要素のブレンドによって、
その時その時で、
自分の力を最も大きく発揮できる方法があるのでは、

と思いました。






自分という、
人生を進んでいく乗り物を、
あらゆる方面から駆使して、

一回きりの道のりを喜びで満たしていきたいと思います。
先日、
ある人と話をしていて、

ふと、

「自分の方が知ってるんじゃないか。
 自分の方が先の方にいる。」


と思ってしまったことがあります。

でも、

おそらくその瞬間、
僕はその人から学ぶこともできなくなる。




学び、考え、経験を積めば積むほど、
世界で起こること、見聞きすることは、

自分の経験した切り口においてのみの、
自分の知っている範囲のことが多くなるけれど、


『全ては己の教師である、という思いのもと、
 全てから気づきと学びを得る。』


という自分のミッションステートメントの一文を思いながら、、、


今日の日記は、
それに対する、
いましめです。








人類60億人、生物何兆個それぞれに、
60億個、何兆個の世界がある。



安定が好き、とか、
傷つきたくない、とか、
矛盾の無い世界に生きたい、とか
世界の真理を知りたい、とか、
自分がトップで生きたい、とか
誰かを引き立てて生きたい、とか、
ワクワク生きたい、とか、
激しく生きたい、とか、



何か、


『こうしたい』


というそれぞれ固有の理想のあり方、前提を、
完成させるために、
自分の頭の中で、
自分の世界を創り上げていく。



そしてそれは、

その前提の元に、
全て正しい。




そして生きながら、
他の世界を学び、
変化したりもする。

その前提の元に、
変化する前も、した後も、正しい。






例えば、
いろんな宗教も、
成功している実業家も、
物理学者も哲学者も、


皆、
それぞれの世界の中で、

なんてこの世界は美しく、
唯一無二の自分の考えは、
素晴らしいのだろう、と、
きっと思っている。

あるいは気づいている気づいていない、
実現できているできていないに関わらず、
そういう理想の世界を持っている。


そして、たぶんそれは、
それぞれの世界の中で本当に正しくて完全で、
でも自分の考えを100%、
人に伝えることはできないし、

裏を返すと、
人の考えを100%把握することはできないし、

わざわざ伝えようとしない人もいる中で、



自分の方が知っている、
と思ってしまうことは、
一面的で視野も狭く、ふところも浅く、
とても恥ずかしい。







ということで、


あらゆる矛盾を抱えたこんな多様性と、
それを包含する宇宙が僕は好きだし、


自分の構築している世界は最高だ!
と常に感じつつも、


さらに、
ステキなものをどんどん、
学び、取り入れ、変化していき、


こんな世界ステキですよね!
と自分の世界を表現し提案もしていきながら、


この世界を、
もっともっとステキなものにしていきたいと思っています。






+18km(242.3km)
順調に、
少しずつですが、
毎日走っています。


山の方に行ったら、
カモシカに遭遇しました(笑)、
その写真と気づきは明日以降ということで。



1.2km(222.1km)
2.2km(224.3km)





さて

前回の日記でご紹介した、


『スラムダンク勝利学』の著者で、
スポーツドクターの辻秀一さんのサイトより、

実はその場で検索して初めてそのサイトを見たのですが(すみません)、


その中からステキなキーワードを発見しましたので、
以下備忘録しつつ、
意識できたらと思います。

(メルマガのバックナンバーページ)
http://www.doctor-tsuji.com/mailmaga/index.html



自分はアーティストだ、
と、よく標榜していますが(笑)、

仕事がアートである、
という言い方はしたことがありませんでした。




以下、全文です(いいのだろうか・・・?)。



~~~


第51回 すべての人はアーティストとして働く!

わたしは"わたしのすべての仕事は作品だ"と考えて毎日生きています。 したがって、私はドクターでもありますし、会社の経営者でもありますが、自分をアーティストだと思って日々生きています。
そう思うのが当たり前だとして生きているのですが、スティーブ・ジョブスの自伝を読んでいたら、彼も自分をアーティストだと自称し、周りにもそう公言していたと書いてあり感激しました。
まあ、彼はちょっと奇人な所があるので手放しで喜べないですが・・・・(笑)。

さて、実はわたしはすべての人もアーティスト、すべての仕事はアートだと考えています。
先日ブルーノートにスタッフと訪れた際にそのことを確信しました。素晴らしいギタリストとピアニストの演奏を聴きながら心が豊かになりました。その豊かさにわたしたちはお金を払いました。
演奏家の2人はもちろんアーティストですが、その晩は演奏という仕事をして彼らはお金をもらいました。
彼らの活動は仕事なのでしょうか?アートなのでしょうか?どちらでもありません、区別などないのです。

誰かの心を豊かにするのがアートであり、仕事だと思うのです。
演奏の直前に美味しい食事をすることができたので、厨房にいるコックさんもお給料をもらって働いていますが、彼もアーティストです。演奏の間にお客さんが心地よく聴いたり食べたりできるように気を配っているウエイトレスの女性たちも、だからアーティストだし、汚れたお皿を下げてなくなったグラスにワインを注ぐのも仕事ではなくアート。それによりお客さんの気分は豊かになるのですから。
音楽家だけがアーティストじゃないんです。演奏する2人の音楽家がトイレに行って気持ちよくトイレを済ませることができたのも、結局は誰かに豊かな心をもたらせるために掃除をしてくれたおばさんのアートなのです。
演奏家もコックもウエイトレスも掃除の方もみな人の心を豊かにするために生きているアーティストなのです。そう、すべての人は誰かの心を豊かに気持ちよくするために、生きている、働いているので、それはすべてアートをしているアーティストなのです。
もしかしたら、機嫌よく生きているだけで誰かが喜び心豊かになるならそれだけでアートだと思います。

そして、どの人も自分がアーティストだとわかれば、どうやったらもっと多くの人にあるいはたった一人でももっと喜んでもらうにはどうしたらいいかを考え自分を磨こうとするに違いありません。
誰もがアーティストとして自分を磨いていくこと、それが生きる意味です。そして、自分を磨くことは一生続いていくのです。アーティストとしての価値はどれくらいの対価をもらっているのかではなく、自分が生きることによって誰かの心を豊かにしているのかということで決まります。
それは決して定量化できるものでもありません。アートなのですから。。。すべての人はアーティストとして、生まれてきているのです。それだけで存在価値があるのです。

アーティストして生きましょう。仕事をアートと思いましょう。
お給料の見方も変わるはず。働かされていることなどありません。どんな人も自分のアートを表現しているのですからね。自分を磨き、自分を表現し、自分のできることで、誰かの心の豊かさや気持ちよさを創出して生きる。その"生きる"をすべての人に享受してほしと心から願います。

スポーツドクター 辻秀一


~~~

ふと、
ジョギング中に、
全力疾走してみました。
200mくらい。


坂道をゼーハーしつつ登り切る、というのではなく、
平地を、学生の時のように。


そういえば、社会人になって、
全力疾走することがほとんどなくなって、


たまに、子供の運動会でお父さんが全力疾走して、
アキレス腱切ったとか、
足がもつれて派手に転んで恥じかいたとか、

そんなネタを聞いたことがあるけれど、



ある制限内のことだけしていると、



・子供のころ杭に鎖でつながれ続けた像のように、

・水槽の中でガラスで仕切られた壁の向こうに餌を入れ続けられたカマスのように、

・コップの中に閉じ込められたノミのように、




・大人になって杭がなくなっても逃げれない、

・ガラスが無くなっても餌を食べれない、

・コップを外されてもコップ以上にジャンプできない


そんな風に、
心も体も自分で条件付けしてしまう気がするので、

たぶん何年かぶりでやってみました。


制限を外した行動が、
きっと自分の能力も選択肢も世界も拡げてくれる。







さて、

50mくらい続けると、、、苦しい!
自宅(ゴール)はあそこか!遠い!
ううーー息が苦しい!
(継続して走ってるので筋肉はある程度いいですが、
 心肺機能の方が苦しい!)




と、ここでふと、



・スポーツドクターの辻秀一さん、
 http://www.doctor-tsuji.com/

 による、”フロー”の入り方、



・天外伺朗さんの『マネジメント革命』による、
 ”フロー理論”、



・僕の好きなマンガ(週刊ヤングジャンプ)の、
 『ベイビーステップ』

 に出てくる、”ゾーン”で闘うこと、




などを思い出し、
自分なりに今回のことに当てはめて、、、


ゴールを意識したり、
苦しさを我慢したりせず、



全力で体を動かすことによる、
60兆個の細胞の脈動を感じてみました。


「うおーーー!全身の細胞が活性化している!
 筋肉が生き生きしている!
 血が全身をかけめぐっている!
 ああ-走るって素晴らしい!」


という感じです(笑)。




そうしたら、
スッ、と苦しさを忘れ、

そのままダイナミックにあっという間に、
自宅にたどり着きました。






こんな感じで、
人生自体を生きるのが、
今の僕のテーマです(笑)。




+1.2km(219.1km)
+1.8km(220.9km)
今しがた、
ちょっと走りました。

今後、走るタイミングがほとんどなくても、
500mでも走って、
”毎日”を継続しようと思っております。


+1.6km(217.9km)







さて、最近とみに、

自分が、


見えないところで善行を積むべく心がけたり、

人の行為を良い方向に解釈したり、

人を信じる方に自分の意識を向けたりしていると、




きっと人も、


善行を積んでるんだろうなぁ、
少なくともそうしたいと思っているはずだ、
と思えたり、

僕の行為を良い方向に解釈してくれるだろうなぁ、
少なくともそうしたいと思っているはずだ、
と思えたり、

きっと僕のことを信じてくれるんだろうなぁ、
少なくともそうしたいと思っているはずだ、
と思えたり、


するようになってきました。




でももし自分が、

人に不誠実なことをしたりしてると・・・、
人を悪く見てばかりいると・・・、
人を批判ばっかしてると・・・、

きっと人も・・・。







世界の全ては、
この脳の解釈であり、

そして、
自分の脳の外の世界に対する、
100%の確認はできないので、

本当にそうかは、
知る由もありませんが(笑)、



少なくとも、
外の世界が反映されている、
脳内の僕の世界のイメージは、

特にここ一年、いちじるしく、
パラダイスになってきています。



愛に満ちあふれる皆様のおかげです。
本当にありがとうございますヽ(´▽`)/






明確に変わり始めたのは、
この辺からです。


『いいことしか書かない』
http://ameblo.jp/furuta4521/entry-11012536998.html






以上、途中経過でした。

~茂木健一郎さんツイートより~

『ダメなものを排除するのではなく、良いものに光を当てた方が場外ホームランを飛ばすオーバーアチーブ出るよ』

『橋下徹さん(@t_ishin)ご自身は、あきらかにオーバーアチーブした方です。大阪の教育改革は、神経症的な「品質管理」よりも、それこそ橋本賞を出して、非典型的、突出した生徒、教員に光を当てることで、より良い方向に進むと思う。これは、国全体としても同様。』

『今どき、成績がよい生徒がいたとして、その最終的な「アチーブメント」が京大や東大に受かることだなんて、お笑いで情けなくて目も当てられない。小中学校から、オーバーアチーブした生徒に、ばんばん賞を出して褒めればいいんですよ。将来のジョブズやアインシュタインにつながるような賞。』





~P.F.ドラッカー~

『不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。

 自らの強みに集中すべきである。

 無能を並みの水準にするには、

 一流を超一流にするよりも、

 はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする。』





~福島正伸さん~

『みんなの不満を全て解消することよりも、みんなの関心を夢に集める』

『進んでいる人は、得られるものを考えている。

 止まっている人は、失うものを考えている。』

『これからどんなことが起こるか考えるほど不安になる。

 これからどんなことを起こしたいかを考えるほど楽しくなる。』







母は、50年も書道一筋に生きている。
並ではない。
(僕から見て)


父は、ほぼ毎日、人に会わず、
山と畑と田んぼと本家と自宅の往復をしているが、
「今が一番幸せ」と心からつぶやく。
並ではない。
(僕から見て)


姉は、自分の人生全てを、
息子悠矢のために費やしている。
並ではない。
(僕から見て)


悠矢は、
会話の全てがゲームの世界の住人で、
いつもバーチャルに何かを破壊している。
(闘い系のゲームが多いんでしょう)
並ではない。
(僕から見て)


家ネコのクゥちゃんは、
自分の運命を完全に古田家に委ねながら、
家の中という閉鎖的空間にいながら、
誰よりも自由に生きている。
並ではない。
(僕から見て)





僕から見て、

世の中でまともなのは、
僕だけだなぁ。
東京行脚も間に入るなどして、
ちょっとサボっていたジョギングをさっきしました。

相変わらず金星がでかいけれど、
金星と木星の位置が少し変化している。




間が開くと、
少し億劫になったり、

今日は1時間走ろうと思ったんですが、
まだかなまだかな、と、チラチラ時計を見たりして、
走ることにネガティブな思いを少し持ってしまったので、



こういう時は、

空を仰ぎ星空を眺め、
ギュッギュッと一歩一歩踏みしめる足や身体から、
60兆個の細胞のダイナミックな生を感じ、

ミッションステートメントを暗唱したり、
祈りを口ずさんだり、
目標を復唱したりして、

ふと気づくと「もう?」というくらい、
早く1時間が経っていました。


そんな感じで、
走れた喜びを満喫。


+8km(216.3km)






さて、

一つのことを日々行なっていると、

徐々に熟練してきて、
より良い改善が自然と行われていきます。



毎月一回、
地元の神社に公式参拝するのですが、
その時は、手を合わせながら、
一回に30分くらい費やして、
いろいろ頭の中でするんですが、


今年から始めたジョギング中、
神社やご先祖のお墓を通る時にも祈りますが、

走るたびに、
同じように30分もかけるのは、
自分的に祈りすぎ(笑)なので、


お祈りはお祈りのためにあるわけではなく、


『包丁は、研がれるためにあるのではなく、
切るためにある』


ということで、





すぐ祈れる、
”お祈り簡易版”、というのを開発し、
ここ1,2ヶ月で実践しています。

以下です。




・いつも、いてくださって、
 ずっと、繋いでくださって、ありがとうございます。
 あなたと、そしてあなたの大切な方々に、
 開運祈願、申し上げます。


子宝の神とか、具体的なカテゴリが明示されている社の場合、

・今、世界で一番、それを願っている人の、それが、
 叶いますように。
 例えば子宝の社の場合には、
 「今、世界で一番、子供を授かりたいと思っている人に、
 子供が授かりますように。」



という感じです。


なんか、いい人炸裂ですが、
いいんです。


こういうことです。

『人を応援するということ』
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1761447321&owner_id=2892939





ということで、

良いものは良いので、
人生に対して斜に構えず、

自分と、人と、世界に、
しっかり向き合いながら、


自分のよりよい人生のために、
ますます祈りを強化してきます。

目的にもよりますが、


筋を痛めたり、
ずーっと激しくやりすぎて
体内で活性酸素を作りすぎて老化を早めてしまったりするのでなければ、

走ることは、
体にいいに決まっています。



ということで、
走る喜びについて列挙してみました。



ちなみに、
今年中に累計1000km走る目標でやっています。
東京行脚中はサボっていますが(^^;;、
今のところ距離的に順調です。







さていきます。




・筋肉を刺激することで、筋肉を鍛える

・体を動かすことで血流と神経を整える

・心肺機能を刺激することで心肺機能を高める

・脳が活性化する(by茂木健一郎)

・細胞を活性化し、骨密度を増やし、老化を遅らせ、
 年を経た時にも、より若々しい体でいられる

・糖分と脂肪を燃焼することで適正体重を維持する

・時に走りながら黙々と自分と対話することで新たな気づきを得る

・季節を体全体で感じることができる

・風、雨、雲、空、太陽、星、音、山、虫、動物、
 たくさんの地球の営みを体で感じることができる。

・今、60兆個の細胞が、生きている感が素晴らしい

・走っている時に人に会うと、走っている自分にいい気分(笑)

・通常、「頑張ってるね~」と、好意的な目で見てくれる

・継続すればするほど、自分に自信がでてくる

・時に眠たいのをのり超えて走ったり、
 走り終わった時の自分をコントロールしたった感が素晴らしい

・1000kmという目標に向けて、少しでも進んでいる感に充実

・この、今、自分の命をコントロールする、という積み重ねの延長線上に、
 自分の感情や能力、方向性などの、
 人生全体をコントロールして理想の現実を作り上げていく、
 大目標があることの希望感が素晴らしい

・ちょっとしたもやもやは、走れば吹っ飛ぶ

・考えすぎず、爽やかな時間を過ごせる

・ついでに神社とお墓に参拝することで、
 あらゆることに対する感謝、目標、夢などの確認をその度にできる

・思わぬ出来事や景色に遭遇したりして、刺激的








ということで、
キリがないのでこの辺で…。






今、ふと思いましたが、
これ、『喜びシリーズ』としてシリーズ化してみます。

さっきまで、
東京で友人行脚してきました。


一昨日は、
友人と、紹介されたコーヒー豆店に行って、
超おいしいコーヒーをたくさん試飲させていただいて、
(僕は紅茶党)

そういえば思い出したんですが、
2杯以上飲むと腹を下すんですが、

すっかり忘れていて、

見事に昨日は気持ち悪くて寝れず、
今日は腹を下して大変でした。



でも、うまいコーヒーは、
ワインのマンガ『神の雫』みたいに、

段階を踏んでストーリーが流れ、
本当に情景が浮かんできますね。


ぜひともコーヒーに慣れて、
あの凄さを毎日体感したいものです。







さて、

いろんな御縁を得て、
いろんな友人がいます。




携帯電話系D社の友人。
(元同僚)


そのライバル?会社の
携帯電話系S社の友人。


同級生の男性。


同級生の女性。


FATな友人。


痩せている友人。


楽観的な友人。


悩み多き友人。


会社を順調に成長させている友人。


趣味繋がりの友人。


幸せな夫婦と、その子。


危機的な夫婦(^^;と、その子。


今夏、20年いた東京から、
母国に戻る中国人の友人。


商売を頑張っている、
韓国人の友人。


尊敬するアメリカ人の知人。








友人の数だけ、
拡がる世界がある。


友人の数だけ、
差別や偏見が消えて行く。




あらゆる要素を愛せるように、
たくさんの出会いを大事にしていきたい。
最近、
密度と優先度の高い行動をどんどん増やしているので、

比例して失敗も増えるんですが、
昨日は、ちょっと大きな失敗を。




完全なる自分のミスなので、
もう謝るしかなく。

そうしたら、
最後はお客さんは笑って許してくださった。


帰り道、
「この感謝は言葉にできないなぁ・・・」

と思いつつ・・・、



でも、
いただいた恩をどうやって返そうか、
と考えたけれど、




やっぱり、
自分が受けた、人のミスを、
限りなく理解し受け入れよう、



と思いました。







やっぱり人間、
失敗が絶対に必要ですね。