母校の地元 小学校が今年150周年を迎えるに
あたり
記念誌の編纂が開始されたとの事
そこで、実家にある原稿 寄稿依頼が届いていた。
それは自分の30代から40代半ばまで、
自分が設立した
スポーツ少年団の道場の活動を記録して
残すことになったのだ
早速 当時の記録を思い返し、
公民館や体育館の借用領収書やら
合宿参加の費用、当時の名簿などを
振り返った
1992年から2006年 の14年間
のべ300名+地区外からも
小学生だけではなく、中学、高校生やら
自分の直接指導していた
圏外の中学、高校生(英語や学習指導をしていた
関係)
この子たちも 通ってきてくれた
累計で700名になったと記憶にある。
指導で一番多い時には、1回で70名
だったこともある
武道空手精神にのっとり、心技体を鍛錬する
確かに厳しい 場がそこにはあった。
稽古は厳しく、そうした中で、
保護者会会長の子供さんで
あまりうまくない子供がいた。
指導の合間に 会長さんの子供に優劣はつけなかった
つもりが…これが問題だった。
ある時代から
親が 指導に介入してくる時代に
変化したことで
ごっそりと
生徒が辞めていった
スポーツ少年団の維持と武道教育の
ハザマで葛藤した時
その会を解散した。
思い返せば 高校生の頃にすでに
同好会を開始していた
野原道場時代
その時期は たしかに輝きの先にあった
当時の道場生からのメール
「今振り返っても、あの空手道場は、子供たちの育成に対しても
また 本当の武道の観点からもすばらしいものだったと思います」
が送られてきた
数少ない 認可した黒帯取得の弟子
感謝に耐えない