看病
「何ごとですか、そがらしか声で。」
道を通っていた人が門からとび込んで来ました。
「ウオーイ、ウオーイ。」オーイオーイと呼べばすむのにお父さんの声は猛獣の声のようにウオーイウオーイと大げさ(そがらし)な声で母を呼び立てるのでした。
四、五日経つとだんだん口もきけるようになり、例の大声がはじまったのです。
母の姿が一寸見えないとこの始末です。
お湯(温泉)好きの母はゆっくりお湯にも浴っていられず、トイレにもおちおち入って居られないのです。
それに尿は必ず母でなければならないのです。
それだは疲れ切った母がシワシワにしぼんでしまうのは当たり前です。
「起こせ、寝せろ、」と殆んど五分おきです。
大の男の上に体が腫れているのだかだ重くてとても一人では動かせない。
すべて二人がかりです。座布団を重ね枕を積んで寄っかかるかのようにして起こす、そして又寝かす、昼も夜もこの繰り返しです。
大抵夜中のことでしたが激しい頭痛が起きるのでした。私は袈裟菊婆ちゃんを呼びに走りました。
袈裟菊婆ちゃんはどんな夜更けでも嫌な履をせず来て下さいました。
太い指で頭の急処を指圧すると頭痛は止むのでした。殆んど盲目に近いお婆ちゃんの親切と善意を私は忘れることが出来ません。
お婆ちゃんは目玉が白くなっていました。
その目をしばたいて云いました。
「私がこの町で安楽に商売をし、その日その日をどうにか暮らしていけるのは、皆旦那さんのお陰です、ありがてこつごわす。」と
若い頃から病気というものにかかったことのなかったお父さんが自分の体力の過信から引起こしたと云へる病名はこのとき五つを数へるということでした。