翌朝。
昏倒したまでは覚えていますが、その後のことは覚えていません。
夢の中のように自然に目が開いて、気がつくと私は納戸に寝ているのでした。
表の間には霞がかかっているようです。
その白いモヤの中を人人が行き交っているのが見えます。
隣の傘屋の小父さんらしい腰をかがめた姿、小柄なお婆ちゃんも居る、それは母でした。そして傘屋の小母さんの姿。
ここで昨夜のことがはっきりと映像のように見えて来たのです。
石よりも冷たくなった額。
目蓋を深く閉ぢて上げたこと。
口を引き締めたこと。
手を合掌の形にしたこと。
そしてフラフラと立上がったこと。
記憶の糸はそこでぷっつりと切れました。
立上がると体はまだフラフラしています。
お父さんの枕元へ。
顔には白布がかけてありました。
めくると端儼な貌がありました。
その顔は樫の木の木彫のように変わっていました。目の縁が汚れてこわいような顔だからと拭こうとする母を、「男は綺麗ごとで生きているのぢゃない。」と怒った人。
この顔のように端然と生きた人。
凛烈の白梅の古木窓外に匂う暁。
裸裸の人生を生き大せた人。
一きわ高い天井の、總杉の家の中を裸で歩くのが好きであった父。
木彫がが生きて歩いているようであった父。
新しい土地を求めて、何処へ行くのかその彫像。
道の発端に立ち、すでに旅立ったであろうその魂。