移り住む父
お父さん、木彫のようになってしまったお父さん。
デスマスクの前の号泣が夢のように止んだ時、呆然としている私の中に何かが起きていました。
始めはただ呆然としているだけでした。
私は何をやっているのか、何が起きたのか解らなかったのです。
だんだんと何か異変が起きていることに気がつきました。
それは父が私の中に移り住んでいると云うことです。異様なことです。
私は怖れていました。
心弱い私は、旦ってお父さんの余りの厳しい仕打に反逆の娘となって家を出ました。
家を出る時お父さんは云いました。
「人間一人で飯を食うと云うことは大変なことだ。今この父に反抗してお前は家を出る。だから父は、お前に対して何の助力もしない。お前は就職の為に会社の課長をやっている従兄に手紙を書いてくれと云ったが父は断る。
人を頼よるな、一人で出ていく以上何も彼も一人でやれ、最后に云って置く、誘惑には気をつけろ。」と。
父対母、父対姉、父対兄、父対私、どの場合を考へてもそれは不合理に満ちていて田舎娘の私が一人東京に居て苦闘するうち、この事は私の中に父への憎しみとなって育って行ったのです。
反面この憎しみは不思議にも私の孤独の支柱となっていること。私は憎しみに支えられて生きているのだと云う自覚がありました。
私は怖れていたのです。
この大樹のような支柱が倒れる時、私もまた崩壊するのではないかと。
事態はまさに逆でした。
私は私の中に意識し、憎しみは讃歌に変わって行ったのです。
そしてそのことがあってから父は私の道を指し示す道案内者となってしまったのです。
地上、海の上、星の世界まで父は案内者として私を導いて行く先導者の役を果たすようなったのです