帰郷(山の上の抽象雲)
「人はこの激しい悪と苦痛のさなかで働きどうにか食べているにすぎない」
お経の中にあると云うこの文句の通り既に六十才となった私の生活はこの云葉の通りのものでありました。
父の生きざまもこの通りであり、又私の知る限り人々の生活も同様に見えます。
人生の転機でもあるというこの年、私は生まれた時同様、只一人の裸の人間として残り幾年かの許された生の日を前に立っていたのです。
大海に浮かぶ木葉のように波の間に間に漂う一枚の葉である自分。
怒りも憎しみも貧苦も遥かに遠いもののように思はれました。
独りであると云う身軽さが還へってきたこの日私を誘う姿は古里の風光、そして心の古里。
十年振りのことです。この間歩いてでも帰へり度いと思った日もありました。
夜は既に新幹線の時代、三十三時間かかって上京した日とは大変な相違。
「おお来たか。」駅で駆け寄ってきたのは兄陸映、軽トラックを運転して迎えに出てくれたのでした。
苦難にもめげず明るい目をした、身ごなしの軽やかな兄の姿、兄の姿に私の目に涙が溢れて来ました。
ユンタ丘を横に清色川の橋を通り大馬越から八重山への登り道、町を好まぬ兄は八重山の山頂に住んでいるのです。
立木の間をすり抜けて兄の開いた平地に家が三軒、兄手作りの家と云う。
その一番新しい家に到着。
義姉春江さん留守中の為一人暮らしの兄、外国暮らしの永かった兄は料理も上手にこなす人。
部屋部屋は整然と清潔でカーテン、洋服ダンス等森の線に調和して清清しい。
一人でブロックを積み家を一戸建てるのはとても私に出来ることではない。
兄は今風呂場のタイル張りに取り組んでいる処だと云う。
少し離れた山上には鹿大の牧場があり、緑一面の風景の中に牛たちが悠悠と草を食んでいました。
夕光の中を帰へって来ると一風呂浴びて夕食となりました。
刺身や新鮮な野菜な兄は一人でさっさと運んで来ます。
「焼酎を呑むか。」と焼酎やビールまで姿を現しました。
兄弟姉妹五人の中で呑めるのは何と兄と私と二人だけ、同じ兄弟でも変なものです。
祖父亀治郎は斗酒の酒豪であったと云い、その息子である父は交際酒を少し呑む位、但し晩酌は毎晩二本程でした。
孫である兄は斗酒までは手の届かぬ程の酒に強い人。
兄も私も酒は愉快に呑む方です。
話に花が咲き、笑いながら呑みながら食べながら夜の更けるのも知らぬ有様。
久し振りに食べる破竹のうまさ、太ったわらびの味のよさ、東京に居て初夏ともなると来る年も来る年も私はこの破竹を食べたいと切ない程に思っていたのです。食いしん坊の私、帰へりにはしこたま破竹を持って帰ろうと、ああ破竹(コサンダケ)コサンダケ何と食べることの楽しさよ。