こんにちは。ふるりえです。



今回は、息子や発達障害のことではなく

実家のことを書きます。




先日私は

一人で実家に行ってきました。



今回の一番の目的は

父とじっくり話をすること。




父はパーキンソン病の診断を受けて

9年になります。



数年前に運転免許証を返納し

現在、通院の送迎は

実家近くに住む弟がやっています。



昨年夏頃から

さらに父の動きが悪くなり

薬の変更なども考えて

秋に入院しました。


そして、薬の種類はそのままで、

量だけ増えたそうです。



ところが、

量が増えたのに

これまで処方されていた吐き気止め薬を

「入院中吐かなかったから」と

「吐き気止め薬は強いから」という理由で

処方されなくなった。



でも そのあたりの説明が

父にはないまま 退院。



その直後に父は二度吐き

それでも、大方薬を飲んでいた

といいます。


まあ、今回薬の種類や成分のことを

父が納得するために、話し合いの途中

以前の薬と今回の薬の説明書を

見比べるために

母に薬袋を持ってきてもらったら、

ものすごく大量の薬が残っていたので

本当は入院前にも

父は薬を飲まないことが多かったのだ

と思います。気持ち悪くなるからと。

でもそのことを

父も母も(先生や弟,私にも)言わない。




ところが、1月上旬に

3ヶ月に一度の通院の日

午前中に2回また吐いてしまい

父は病院に行けず

弟だけが病院に行って

薬をもらってきました。




先生曰く


「吐くのはリハビリをやらないからだ。

吐いてもいいから薬を飲んでください」


とのこと。



弟から電話でそう聞いた時は


先生のこの指示

違和感を感じませんでしたが、

父の話を聞いて帰ってきて

その日の夜 弟と1時間半ほど電話で

話をしてから、違和感を覚えました。



「お父さんは『血を吐いてでも飲めって

言われた』って言ってたし、それに、

吐くってことは 

"薬の成分が体に入らない" だけでなく、

"せっかく食べた食べ物の栄養まで

出ちゃう" ってことだよね!

『それでもいいから薬を飲め』

って、どうなんだろう......」



電話の最後の方に弟が 

"病院を変える話" を出してきたことも

必要なのかもしれないと

少し思い始めましたが......



実家に行く段階では

父にまた薬を飲んでもらえるよう

何らかの説得が必要かな

と思っていました。




お正月に

弟家族が実家に行った際

父のわがままぶりをみんなに責められ

へそを曲げて薬を飲まなくなったのか

くらいに思っていたのです。




しかしこの日

お昼ご飯を食べたあと

私が父に話しかけると

父はしゃべり出しました



無口な父の口からは

これまでの思いがたくさん

出てきました



父は口下手な上、パーキンソン病で

ちゃんとしゃべれない、書けない。

しかも母は耳が遠いし、

弟はすぐに怒る。

私と電話で話せばと言っても

電話は昔から絶対に出ない。

さすがにここまでアウトプットが

できないと、不満も溜まるでしょう。




全体としては

病院の先生への不信感が強いのだ

と思いました。



「薬を調べるため(新しいものに

するため)に入院したのに😠」


「2週間で退院と言ったのに😠」

⬆これは、「"最低2週間" て私は聞いて

たよ」とたしなめました。



薬については、たしかに私も


✓最初に弟に聞いた話と

✓退院前日に弟から聞いていた話と

✓退院してから数日後に

弟に確認してはじめて知った話

がだいぶ違っていて、


「え、そーだったの!」

とちょっと揉めました。




私がこうなのですから、

父が自分で納得いくように

自主的に情報を頭に入れるのは

かなり難しいのだと思います。




そして実際、父の話を聞いていて

時々整理・確認して

先に進もうとするのですが、

食い違うチューもやもや


1時間近く父の話を聞いても

事実関係すらスッキリいかない。




そこで私は、

自分の手帳のカレンダーを開き、

さらに、なんとなく持っていった

「電話メモ」(👈私が弟や母と電話で

話した "日時" と "内容" をメモしたもの)

を照らし合わせながら


まるで事情聴取のように

一つ一つ確認していきました。


「ごめんね。こんなの(メモ)見ながら

話 聞くのもなんなんだけど🤣」

と断って。




これでいくらか父母の曖昧な記憶が

繋がっていきました。


「あー、なるほど。お父さんがこの日

そうだったから、この日はお母さん

『母はさっさと電話を切りたそうで

すぐ切った』んだね笑」


そんなことにも気づきました。




弟は電話で

「あの人(お母さん)はウソつく人だから」

と言いましたが、これも


✔私たちに心配をかけたくない

✔弟に怒られたくない

✔またゴタゴタしたくない

✔本当に記憶がない(間違っている)


いろいろ理由はあると思います。




結局父が完全に薬を飲まなくなったのは

1月上旬以降で

その理由は


「飲んだら気持ち悪くなる。

でもその理由がわからないからこわい。

ちゃんと調べてもらって

吐かないと分かってからでないと

飲めない」  とのこと。



「薬というものを飲みたくない」

という私のようなこだわりは

ないと言いました。




ただ、それならば

次回の通院(4月)まで待たずに

弟ちゃんは予約をして

先生に聞いてくれるって言ってるけど

どうする?と聞くと、


両親とも「いや、4月でいい」 と。




両親とも主体的に何かをしようという

気力がないようです。




それでも

とくに病院の先生に言われたことに

疑念を抱くことなく

指示通り服薬やリハビリを

続けているのなら


そういう生き方もあると思うので

それに対して私も

強く言うつもりはないのですが、


今回父は

先生に対しても、薬に対しても

不信感がある。


こんな気持ちで薬を飲んでも

害にしかならない。



「病院にも行く必要がないと思う」


と両親が言うので、そこは私も

強く冷たく現実的なことを言いました




・病院に行っているだけで

(現状がまさにそれ汗)

病気が治るはずがないビックリマーク



・病院はあくまで診断書(難病申請の)を

書いてもらったり、公的サービスを

受けやすくしたりするため

が一番の目的ビックリマーク

あとはちょっとしたアドバイスを

もらうためビックリマーク


「この後 もしお母さんが『私もう嫌‼️』

って言って 家を出ちゃったり

お母さんが倒れちゃったりしたら、

お父さん一人で家に居られないだろう

から、施設に入ることになるでしょ。

その時お金がかかる。

でも今、毎年難病申請しているから

一定額以上の金額を超えた分

出してもらえるのよ」

そんな現実的な話も正直にしました。



・もし、知りたいことや伝えたいこと

があるのなら、事前にちゃんと

まとめて、自分で(もしくは弟ちゃんに

頼んで)先生に伝えるべきビックリマーク

そうでなければ、先生が何か

言ってくれるはずがない。

「まな板の鯉」ではダメビックリマーク


私もK(息子)の精神科の通院は

何時間も何日もKの話聞いて

体調の変化も記録して

紙にまとめて持っていき

それをざっと先生に読んでもらって

そこから

「で、どうしたらいいですか?」

という話 始まったよ

という話もしました。


この方法は多分、

息子が小学生の時、偏頭痛がひどく、

頭痛外来に通院した時

「頭痛ダイアリー」というのを

病院から渡されて 

【そこに毎日の様子を記入し

病院にそれを持っていき

先生に見てもらい

息子の頭痛の傾向や、薬の効き目を

調べたりして対処法を探っていった】


それからこういう方法で

病院にかかるようになった気がします。


「どうですか?」と先生に聞かれても

短い時間でちゃんと必要なことを

十分に伝えることなんて、自分には

できないことがわかっているから。

でも、せっかく

時間とお金とエネルギーを使って

通院しているのだから、

それに見合った何かを得ないと!

と私は思っている

ということも話しました。





今回、こうして父の話を聞き

所々寄り添う言葉をかけながら

両親にいろいろ

私の考えや経験を話しましたが


その端々に盛り込んだことは


父に感謝の気持ち

もってもらいたいキラキラ


ということでした。




今、父も母も弟もみんなつらい。

それぞれに思うところがあって、

思うようにいかなくて、

全てが嫌になる。


とくに父と母は苦しいと思います。


そして

その苦しさをうむ一番の原因は

【父に、母や弟への感謝の気持ちが

まったくないこと】だと思っています。


つらい毎日の中でも、

ちょっとした小さなことでも

感謝の気持ちをもてたら......

9年間休みなく介護を続ける母に

父の「ありがとう」の一言があるだけでも

母は救われる。


それだけでなく、父も、

出来ないことばかりになり

思うようにいかないことだらけだけれど

"そんな自分が

母や弟のおかげで生きていられる"

"自分のためにいろいろしてくれようと

している" と気づくだけで、

幸せな気持ちがわずかでも感じられる

と思う。


でも、今の父は、「ありがとう」を

言わないだけなのではなく、

"やってもらって当たり前" と思っている

から、母への感謝の気持ちが、ない。


そのあたりの不幸せな思考を、

ちょっとでも変えられたら.......

そんな思いがありました。





数時間の話し合いの途中で

一度母と二人で買い物に出ましたが 


その時母からも

毎日のつらい気持ちを聞きました。



そして


「まだお父さんには言ってないけど、

話すこと話したら、言おうと思ってるよ」


と言ったこと、それは


「お父さん、『先生が俺に何も言わない』

って言うけど、多分先生は

"弟ちゃんに話した方が早いし、

弟ちゃんからお父さんに話してくれる

だろう" と思ったんだろうね。

でも、弟ちゃんも他にもいろいろ

やること,伝えることがあって、

薬のことは抜けたかも。だとしても

それは弟ちゃんが悪いじゃなくて、

お父さんが、弟ちゃんに

お願いして

教えてもらうべきだと思うよ。

お父さんは、おばあちゃん(父の実母)の

介護を晩年毎週かなりやって 

『自分があれだけやったんだから、

俺もやってもらって当然だ』って

思っているかもしれないけど、

それは違うから。

優先順位は パートナーと子どもが一番。

親は二番らしいよ。

それは、パートナーと子どもは

自分が選んだ人だから。

親は自分で選んでいない。

だから私もKの世話はしてきたけど、

でもKが私を世話をするのが当然だとは

思わないようにしている」


そういう話をしたら父は泣いてました。

さらに


「でもね、弟ちゃんは

この前(1月上旬の通院の日) 

お父さんと揉めて

『それならもうオレは両親のために

動かない💢  自分たちでやれ‼️』

と言ったらしいけど

私と違って  "お父さんに

『こうしてほしい!』って頼まれたら

自分は動くつもりでいる"

って言ってたよ!さすがお父さんの

息子だよね。私とは違う」



こういう話も電話で弟に伝えました。


「そーだそーだ!」と何度も言いながら

私の毒舌を聞いていて


「私こうやって線引きしといた🤣」


と言ったら弟は 「それでいい‼️」 と。



え⁉️いいの❓ホッ🩷


と、行動力のない 怠け者の私は

心の中で安堵していましたウインク




父の、母や弟への感謝の気持ち。



「ありがとう」なんて言うはずがないし

急に父が "ありがとう" と思うとも

思えない。




でも、このような

《弟ちゃんに頼む=頭を下げる》行為

は、

[やってもらっている]という意識

に繋がる





また、母に対しては

こんな話をしました。



今回帰省して私が最初にやったことが

"持っていったレッグウォーマーを

父の脚に着けてやる" ことビックリマーク



私はこれまで

数え切れないほど

あったかグッズを持っていきました。



でもそのほとんどを


父は 「ふるりえは(俺がほしいもの)

わかっている」 と喜びますが、


母は、父や私と違って

体質が冷え性や寒がりでないため

必要性を感じずにしまい込んでしまう。



しかも母は認知症で耳も遠い。


父がもごもご言ったとしても通じない。


私が説明しても忘れてしまう。




今回も私が父にレッグウォーマーを

履かせていたら、母は

「あー、それ、上にあるから大丈夫」と。



「いやいや💦  大丈夫じゃなくて

上にあっても、今この真冬、

一年でいちばん寒い時期に使ってなくて

大丈夫ってことないから!」


とツッコんで、


夕方 もうすぐ帰る時に、私が父に


「レッグウォーマー、あと2つ

ここに入れておくから 毎日使ってね!

もしお母さんがしまっちゃって

出してくれなかったら

『H子さん(母)、ふるりえからもらった

レッグウォーマー、出してください』

ってお願いするんだよ!

『お母さん しまっちゃて😠』って

『気が利かない😠』って怒るんじゃ

なくて、自分からお願いするの!

お母さん、他にもいろいろやること

あって 忘れちゃうんだから」



「お母さんにも弟ちゃんにも

『お願いします』って言えば、

二人は私と違ってくどい😅

動いてくれるんだから!」




弟に電話で報告。


はじめはいつものように

まず私が怒られるところから始まって、


息子もその電話の様子を気にしながら

上に行き、翌朝

「昨日、大丈夫だった?」

と聞いてきましたが

「うん、大丈夫☺️」  と私。




弟からは


「普段言わない人が言うと聞くかもな」

「ありがとう」

「(父の本心が)聞けてよかった」

「相談してよかった」


そういう言葉をもらいました。




今後もしばらく薬を飲まないという父。


その代わり

リハビリはやった方がいいよ

の話をしていったら、父は


「俺......間違ったか……」



退院直後の怒りの絶頂だった時に

"入浴介助" とセットで

"デイサービス" も全部断った父。



これを機に

"デイサービス" を再開してくれたら

いいと思いましたが



後日 母と電話で話し、


「デイサービスのこと

弟ちゃんに話したら、

そこは一度断ったデイサービスも

お父さんがやる気になったら

いつでも再開できるよう根回ししてある

から大丈夫って言ってたから

お父さんにも言っておいて!」


と伝えたら、母は


「お父さん、やりたくないって言うから」



この父の発言が、いつのことか❓


私が帰省したより

前の話であってほしい✨


そう思ってしまいました(>_<)




弟が

「あの二人(両親)と話すと

イライラするだろ」

と言うので


「ん〜、イライラはしないね。

Kとの20年があるから。

言ったからって通じない。

思うように動かないの連続だから。

どんな人でも同じこと500回言うと

伝わるらしいけど、一緒に住んで

いなかったら500回は無理だからね。

Kとの付き合いと似たところあるから

『そういうもんでしょう😂』と思う」


とその日の夜は言いましたが......




ただ、やはり時間が経って

また両親の思考や生活スタイルが

元に戻っている気がした時、

無力感というか疲労がどっと出る



これも息子の子育てと

似た感覚かもしれません。




だから、親の介護も

無理はしません。



自分ができる範囲で

やれることだけ、頑張ります。



いろんな人への感謝を忘れずに。




とりあえず今回は

また2月下旬か3月に

もう一度(実家に)来ようと思うから

それまでに 今後どうしたいか

考えておいて と言ってきました。






鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥




ココアとマドレーヌ。



ふんわりではなく
生地がみっちりつまっていて硬くて
キレイに食べるのが難しかったですが
美味しかったです。



弟から(左)と母から(右)干しいもを🍠


自分で買っておいたものと

今年の干しいもは種類がいっぱいルンルン

夫は一切食べようとせず
息子も一枚食べるくらいで
「もういいかな」なので
私専用品ですチョキ


トースターで温めると
柔らかくなりますが、
私は冷たく硬いままの方が好きで
食べ出すと止まらなくなるので
注意します。




そして、実家への行き帰りに
道の駅やショッピングモールなどに
寄って、お茶の時間に食べたいものを
自分のためにふたつだけ買いました。

そのどちらも、偶然
笠間の栗🌰のお菓子でした。


まずはこちらを
静岡茶と一緒にいただきました。





お店のホームページより


写真では中に入っている栗が
丸ごとではありませんが、
私がいただいたものは
黄金色が美しいしっとりした栗が
丸ごと1個どーんと入っていました‼️

甘さ控えめで
おいしかったです。




明日は節分なので
今日はきびだんごと
お気に入りのパン屋さんの
グラノラクッキーでコーヒータイム☕️





そして
明日は午後ボランティアなので
恵方巻きは一日早いですが
今日作って食べることにしました。


お米5合分の恵方巻きは
時間がかかるので、
今から取りかかります💪




近所に立派な梅の木を発見!




お読みいただきありがとうございました。