こんにちは。ふるりえです。



今回の記事は、

2024年6月28日に書いて

下書きのままにしていたものです。


内容は......

✔吉澤記念美術館に

初めて訪れた時のこと

✔初めて南画というものを鑑賞し、

知ったこと



前回投稿したブログに

"古河市歴史博物館で

奥原晴湖の南画を鑑賞した" ことを書き、

「この吉澤記念美術館で南画展を見て

私は南画が好きになった」と書いたので、

遅ればせながら本日投稿します。



鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥



先日(2024年6月です)、栃木県佐野市立
吉澤記念美術館に行ってきました🚗³₃

⬆この中にあるように、私も入口で
案内人のアバターを1人(1つ)選べて、
これ⬇をいただきました音譜
この人物はこちらの作品に描かれた男性。
この日購入した図録75頁より👇🏻
石井林響 「薄暮」 という作品。

絹本着色で
カラフルな点描による紅葉や、
雲のように不定形に描かれる樹木が
優しく幻想的で美しかったです。

この男性は、「どこにでもいる感じ
ということで、当時 吉澤家では
"当家で働く 「誰とか(名前が書かれていたの
ですが忘れましたあせる)に似ている」 と
よく言っていた"
というエピソードが書かれていました。

〜「のんびり」 「さんぽ」をキーワードに
明治から昭和初期にかけての「南画」の
魅力をご紹介する展覧会です〜
というこの見出しもまた魅力的✨



「南画」とは
明治時代に生まれた言葉で
中国・江南地方の平坦な地形と
温暖な気候風土のもとに生まれた山水画。


美術館の展示作品とともに
掲げられていた説明書きに

「皇帝に捧げる「北宋画」に対して
自分たちのために描かれた「南宋画」」

というのがあり、興味がわきました。

これがわかりやすいと思いました👇🏻
雪舟、狩野派たちのような
プロの画家に対して、
与謝蕪村たちのような文人(素人画家)が
余技的に描いたもの。

文人たちののんびりした生活への
あこがれを反映し、
自然界の中を散歩する人々を導線として
鑑賞させる「山水」が多く描かれました。


北関東(特に、後述する両毛地区)には
著名な南画家が往来、活躍した
という記述もありました。
茨城県古河市出身、江戸に出てのちに
埼玉県秩父に移った奥原晴湖もその一人!

その理由は......

明治時代になって西洋文化が入ってくる
と、それまでの日本文化が軽んじられる
風潮に。
その危機的状況を打破しようと
新しい日本の絵画のあり方を
模索しようと立ち上がったのが
アーネスト・フェノロサと岡倉天心。
その後、フェノロサが『美術真説』と
いう有名な講演の中で南画を大きく批判
したことで、南画の立場は一気に悪化。
東京のような都会ではその影響が大きい
ため、田舎に引っ込む南画家たち。
田舎では一定の需要があったため
南画の人気は低空飛行ながら
保てたようです。

パンフレットより👇🏻

今回訪れた佐野市立吉澤記念美術館。

佐野市といっても旧葛生(くずう)町。


葛生町というと、昔 「葛生原人」で

有名になったことがあったところ。


今でも地元では

こんなお祭りがあるそうです。

そして、吉澤記念美術のすぐ近くに

葛生化石館というのもありました。


このあたりは全く行ったことがないので

カーナビ頼りに、途中ちょっと迷って

たどり着きました。


美術館の近くは、採石場があるため

たどり着く最後の10kmくらいは

走っている車のほとんどがダンプカー。

道幅はダンプカーがすれ違えるくらい
広かったですが、
急なカーブ続きでセンターラインがなく
雨もしっかり降っていたので
神経は使いました。

ただ、はじめての山道でしたが
ずーっとこのダンプカー👆🏻のあとを
ついていけたので、安心でした。
カーナビの水色の道路を往復しました。
カーブがすごかった💦

この道は
「ダンプ街道」と呼ばれているそうです。

帰りに寄ったお蕎麦屋さんの奥さんに
教えてもらいました。

たしかに、道に
「ダンプカーを運転される方へ」
という看板もありました。

積んでいるものも土や砂利、石。


美術館周辺もまるで

南画作品にありそうな風景続きでした。


そして、美術館に到着。

葛生は日本有数の石灰の産地とあって

それにふさわしく美しい漆喰の白壁。


館内は撮影禁止のため

この作品のみ撮影OKで📸


⬆佐野市立吉澤記念美術館の
パンフレット⬇

吉澤記念美術館は、南画作品だけでなく

茨城県筑西市出身の陶芸家 

板谷波山の作品を展示した部屋もあり

うっとりでした。


板谷波山は、陶芸だけでなく

南画も描いたそうで展示されていました。


お土産に買った図録107頁より

今年(2024年)5月には

板谷波山の五男 板谷梅樹の展覧会に

行ってきたばかりだったので、

今回波山の作品も南画と陶器を

いくつかみることができてよかったです。


図録98頁〜107頁より 板谷波山の作品写真





ゴールデンウィーク中に行った

板谷梅樹モザイク展の記事はこちら👇


どうして陶芸家の板谷波山が南画?

と思ったら、

波山の父が南画を嗜む人だったとか。


淡く優しい色合いが

南画も板谷の陶芸作品も

印象が合うなと思いました。


どなたかの南画作品の掛け軸1つの手前に、波山の陶芸作品が4つ陳列された

ガラスケースが3つあり、

そこが今回一番長く足を止めていた

かもしれません。



吉澤記念美術館は

葛生地区の旧家  吉澤家から

美術コレクションと新築の美術館施設を

寄贈されて平成14年に会館したそうです。


「吉澤コレクション」は、

江戸時代後期から現代に至るまでの

吉澤家五代にわたって収集された

絵画や陶芸のコレクション。


5代 吉澤兵左氏が

これらのコレクションを寄贈した人で

平成23年に逝去されました。


館内には、吉澤家初代から4代の

お写真と説明も展示されていました。


初代 兵左衛門は、渡辺崋山と同世代、

4代 晃南は、田中正造と同世代。


栃木県、茨城県、埼玉県、群馬県の

境にある渡良瀬遊水地と言えば、

足尾鉱毒事件があった場所。


それに抗議した中心人物が田中正造。


先日茨城県古河市に行った時も

渡良瀬遊水地の近くまで行きました。


その時の記事はこちら👇


さらに前に古河市歴史博物館に行った時は、入口に渡辺崋山の肖像画が

飾られていました。

⬆ココに今月(2026年4月)も行ってきました!


渡辺崋山も南画を描いたそうです。


まずは一人で初めて行って休館日。

この時、田中正造展に息子と行った時の

写真などもチラッと載せていました👇


そしてその後、息子と一緒に

古河市歴史博物館や鷹見泉石記念館に

行ったことを、こちらで書きました👇



今回、南画作品展を見に行き

"江戸時代から明治時代にかけて

この両毛地区には

多くの南画家、文人が往来した" 

と書かれていたのを思い出し、

そういうところなんだなあ

と、帰り車を走らせながら思いました。


両毛地区について、東武鉄道の
公式サイトからお借りしました。


なぜ "両毛" って言うんだろう?
と検索したところ⬇

と、またいつものように

何も調べず出かけていき

帰ってくると はじめて

いろいろ知りたくなって調べたくなる💦

⬆今も変わっていませんねあせる


小さな美術館なので

お土産まで買っても滞在時間1時間。


しかも、雨天の平日だったためか

お客さんは私以外一人もいませんでした!!


今年(2024年)12月には

伊藤若冲の展示会が催されるとのこと。


ホームページを見たら⬇

2024年12月3日(火)〜15日(日)

とありました。

⬆これは、行って見てこられましたイエローハーツ

ブログにも書きました。


原本は、所蔵はしているものの

外に出ていることが多いようで、

普段は複製が展示されています。

今回もそうでした。


今回は

この図録👇🏻が買えたので大満足ルンルン


表紙が、伊藤若冲 「菜蟲譜」、

裏表紙が、板谷波山 「葆光彩磁牡丹文様花瓶」。






それにしても、展示された南画
描かれた風景
そこでゆったり楽しむ人々の表情
見ているだけで心が和みましたハート

気づくとにっこりしていましたニコニコ


今回のお土産は
板谷波山のものを中心に。

波山の絵葉書2枚のうち
鳥の呉州絵の香炉の方は
ビニール袋に入っておらず、
下の蔓草文様の香炉の方は
ビニール袋に入っていて、
なんでかなぁと思いましたが

家に帰ってきて表を見てみると
ビニール袋に入った方は、
葛生町立吉澤記念美術館
ビニール袋に入っていない方は
佐野市立吉澤記念美術館でした。


昼食は、ダンプ街道沿いにあった

「そば膳 萓の屋」というお店へ。


この近くは、お蕎麦屋さんが
たくさんあるようです。

そばはご主人の手打ち。

栃木県産そば粉の二八そば。

他のお料理は奥さんの手づくり。
おにぎりは、ほんのりあったかいご飯に
蕗味噌が塗られて大葉。
サラダは、りんごサラダ。
家庭的でどれもおいしかったです。

蕎麦湯も、そしてコーヒーも
食べ終わる頃を見計らって
持ってきてくれました。

「二人でやっているのでお客さんを
待たせてしまうから」と無料でサービス。


ご主人、奥さんそれぞれから
お料理のことやこの地域のことなど
いろいろ興味深いお話がきけて、
私も南画の世界に
迷い込んだ気分でした音符


帰りも道を間違えましたが
おかげで、佐野名物味噌饅頭のお店で
味噌饅頭と味噌プリン、味噌モナカ、
みそのマドレーヌなどを買えました。

佐野名物とはいっても
平成の大合併で
旧葛生町と旧田沼町と佐野市が合併。

「新井屋」さんは
元々は葛生町の小さな和菓子店。

「葛生浪漫ふづりな」という
白あんのお菓子も売っていましたが

新井屋さんの通販サイトより⬇

名前の由来が、こちらの記事を読んで
なるほどと思いまいた。
⬇⬇⬇
食べてみたかったなぁルンルン

マドレーヌの名前も
「たぬまの杜のみそマドレーヌ」
と佐野市に合併した旧田沼町に
ちなんでなのでしょう。

ちなみに、田沼というのは⬇

日本列島の経度緯度の
ちょうど真ん中なのだとか。

紅茶と一緒にいただいた味噌プリン、
原材料が牛乳と生クリームの方が
卵よりも多いということもあって
トロンとしたプリンでした。

何となく味噌も感じられて
とてもおいしかったです。

後日、味噌モナカを食べてみました。
どこに味噌❓と思って見てみたら
最中皮に入っていました!

袋から出してみたら......

最中が軽い!  もしかしてルンルン

餡を詰めていただける最中でした。

このタイプの最中を食べるのは初めて。

フタをして完成拍手
ルピシアの黒豆麦茶と一緒に。

こんなに皮がパリッとして
香ばしい最中ははじめてキラキラ

皮は
鉱泉煎餅のみそ味のような味でした。

とっても美味しかったです!

また買って食べたい愛

食べ終わってからネット検索したら
味噌モナカの形が、お店の看板商品
味噌まんじゅうと同じと!
たしかに音譜
味噌まんじゅうも素朴で
ちょっぴり塩味も感じられて
おいしかったです。

新井屋さんは
お菓子のネーミングもおいしさも
魅力的で私好みでした✨


加筆、修正しながら読み返して
好みは変わっていないなと思い
今ならわかることと忘れていたこと
とがあるなと思いました。

そして実は先週、吉澤記念美術館に
また行ってきました🚗³₃
思い立って行くにはちょっと遠かったアセアセ
今週は市内にこもります。


お読みいただきありがとうございました。