こんにちは。ふるりえです。



今日は七夕🎋


朝から空はどんより曇っていますが

天の川は見られるでしょうか......




そして、

父が誤嚥性肺炎にかかったのが

ちょうどひと月前になります。



今も、父の腕には点滴、

口には酸素マスク。


経口摂取はできていません。



「言語聴覚士立会いの下

慎重にやっていき、

経口摂取できるようになったら

(窓口である)弟さんに電話しますから」


と看護師さんに言われたまま

その後弟からの電話はなく、



"弟が面会に行くと言っていた日" も

弟から連絡はなく


結局弟は面会にも実家にも

行っていなかったようで......

(☝️相変わらずの言行不一致)


父の状態がわからないまま、私から


「7月3日(金)に行く予定です。

〇〇など何かやるべきことがあれば

連絡ください」


と弟にショートメールを送るも

返信はなしビックリマーク


それでいて

今週になって弟から電話があって、

「オムツはあと何枚残ってた?」とか

「ベッドのシートはあと何枚あった?」

とか聞いてきたので、

大雑把な数だけ言って、

「でも、頼まれてないから意識して見て

ないから確かじゃないからね」

と話しました。

さすがに今回は弟も

「親戚の見舞いじゃねーんだから💢」

とは言いませんでした。

「じゃあこっちで計算するわ」と。


そりゃそうです。

こっちが事前にショートメールで

「何かやるべき事があったら

連絡ください」と送ったのに、

弟は無視したのですから。



私の想像ですが、きっと弟は

父の誤嚥性肺炎の電話をくれて以降

私に電話ができることとなり、

また以前のように、文字ではなく電話

行き当たりばったりで進めようと

し出した気配がガーン    やめてほしい!!


文字(ノートやSMS)で残っていると

弟の言行不一致が少なくなって

よかったのですが、

電話で弟が話したことは

やはり信用できません。


⬆これは、"気持ちの問題''でなく

残念ながら "事実" であることが

このところ身に染みてわかり、

つい先日もある一件があって

私は夫と息子に


「本当に弟のことは申し訳ない。

情けない。血が繋がっているから

どうしてもちゃんと

見えなかったんだよね。

どうしてもっと早く

気づかなかったのかと思う汗


とこぼしました。


夫や息子の方が私よりもずっと前から

何かに気づいていたはずで、

この日二人は、私よりはるかに

落ち着いていました。


「あれだけの失態をしておきながら

よくもしゃあしゃあと💢

だからK君(息子)の□□は

もちろん断っといたよ!」


弟の呆れた発言に対する

こういったやりとりも

つい先日ありました〜チュー





そして今日も

弟から電話がかかってきて

話しているうちに私の心臓はバクバク🫀



今回も、こちらに落ち度はないので

弟に怒られることはなかったですが、


実家に置いてきた書類

(母が一部触って)あるべきものが

あるべきところになく、すったもんだDASH!



弟は、実家で実物を見て話す。


私は、実家で撮ってきた書類の写真を

見ながら説明をする。



途中、その写真を

義妹ちゃんのLINEに送りたかったけれど


義妹ちゃんはそこにいないと言うし、


弟は義妹ちゃんのLINEに頼るのを

頑なに拒むし......



これまでも、それで

どれほどこちらが面倒だったことか。



弟よ、お願いだからLINEやってよ!

と言いたいけど、言えない泣





と、冒頭からやさぐれていてすみません。



でも、弟とのこと以外は

このところとてもありがたいな

と思うことが多い日々です✨






鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥




まずは

先週父の面会に行った時のこと。



前回あまりにも

父の状態が良くなかったので、

沈んだ気持ちで実家に向かいました🚗³₃



実家に到着すると、この日の母は

「早く銀行行かないと!」

とせかせかしていました。



もちろん私は(「銀行にも行きたい」とは)

母から事前に聞かされていませんウインク



でも、この日は

いつもより早く実家に着いたので、

一駅むこうにある銀行に

初めて行きました🚗³₃



というのは、今年に入って

実家の近所にあった銀行がなくなり

一番近い店舗がココということで

記帳もしたいという母を

連れていきました。



銀行の帰り道は、

私が小学2年生まで住んでいたところ

なので、母と懐かしい話をしながらの

ドライブとなりました。



お昼ご飯を食べて

(先月から、また母は
外でご飯を食べる気持ちになってくれて
よかったですニコニコ)




母と一緒に病室に入ると

父の顔色が前回より良くなっていて

少しほっとしました。



今回も一応水ようかんやゼリーなどの

おやつを持ってはいきましたが、

当然食べさせることはできません。



父は声も出ません。


目も耳も

どれほど機能しているか分からない。



そんな状態で

何をしてあげられるだろう?


と、親友HちゃんにLINEで聞いたところ

Hちゃんはいくつかアドバイスを

くれましたハート



そのひとつがこちら👇



この日、「ベッドを起こすのは15分まで。

それ以上は負担がかかる」

ということで、

まずは顔を温タオルで拭きました。



その後は、肩や背中を

撫でたり揉んだり揺らしたり。



今回は、点滴でない方の手も

パジャマから出ていたので、

何度も握って話しかけられました。



最後、帰る時母と私が


「お父さん、また来るね!

今日もおやつ持ってきたけど(見せて)、

今度また持ってくるからね。

食べられるといいね。元気でね!」


と言いながら手を振ったら、

父の手もゆらゆら揺れていましたおねがいラブラブ



「また来るよ! バイバイ👋」




帰りの車で、母は


「今日はお父さん、

ふるりえちゃんが来たってわかったね」


と言いました。私もそう思いましたキラキラ



前回、母は


「お父さん、ふるりえちゃんが来たって

わかったかなぁ……」


と何度か言いました。その時私は


「それはわかったでしょ」


と言いましたが、

後から考えれば考えるほど


たしかにわかっていなかったかも

しれない......


と思うようになりました。



そして、次に面会に行った時、

どうするといいんだろう

と考えていたところ、Hちゃんからの

アドバイスに、なるほどと思ったのです。




Hちゃんは6年前まで、この病院で

言語聴覚士として働いていた人。


また、Hちゃんのお姉さんは、

他の病院で薬剤師。


そのお姉さんからも

パーキンソンの薬再開について

助言をいただき、でもそちらは今回、

母に話しても、弟に文字で伝えても、

反応なしだったので、

病院でも切り出しませんでした。




ずっとずっと時を遡れば

「あの頃私がもう少し〜できていたら

良かったのかなぁ」と思うことは

もちろんあります。



でも、その時は

それが自分の精一杯でもあったな

と思い直し、

今、こういう状況になったから

できることがある。



この一ヶ月、

これまで真剣に考えてこなかったことも

いろいろ考えるようになりました。



この数年

忘れていたいろんな出来事を

思い出しては苦しくなることもあったり、


父に対し、母に対し、弟に対し

それぞれにいろんな感情も

湧いてきました。



でも、そのすべてがあって

今の私があるということ。



そして今回、母の一言で

私の気持ちはまたちょっと変わりました。



面会の後の車の中で、母は言いました。



「お父さん、ふるりえちゃんが

来てくれてうれしかったんだよね。

手振ってたもんね。

ふるりえちゃんてわかったんだね。

お父さん、ふるりえちゃんの

こと大好きだから




そうでした。



父は怒ると怖いし


めったにしゃべらないし


プレゼントをしても

母から言われないとお返し物ができず、

でもちゃんと何か

私が喜ぶものを買ってくれたし、


いつも屋外にいる父に

一緒にジョギング行こうなどと誘うと

うれしそうだったし、


大学生の頃帰りが遅い時

駅まで車で迎えに来てと頼むと

決して嫌な顔せずむしろうれしそうに

迎えに来てくれていたし


私が結婚してからも

私からのお土産やプレゼントを

「気持ちいいなあ」「いいのがあるなぁ」

「よく(俺がほしいのが)わかるなぁ」

と、とても喜んでくれたし


テキパキ動き、割と口の悪い母と比べて

「ふるりえは、お母さんみたいに

ならなくてよかったな」と言ったり


母は、私が帰省したとき必ず

「お父さん、ふるりえちゃんが来て

うれしいでしょ」と言っていたなぁ……




父は、(親戚など)みんな集まってワイワイやるのが好きだったみたいですが

私がそういうのが苦手で、

弟家族は父が喜ぶからと

最近まで家族みんなで

実家に行くことがあったようですが、



母いわく、父は楽しそうだけれど

泣くことはなかったらしい。



 でも、

"私たち家族" が

"私と息子" が

あるいは"私が一人で" 実家に行くと、

父は感極まって

まずは涙を流すところからスタート。



そんな光景が今となっては懐かしい。



でも、今回の面会では

顔を拭かれてうとうと眠り始まったかと

思うと、母が声をかけ起こし(笑)、

私が肩などをさすっていると

またぱっちり目を開け、

ほぼ反応はなかったのだけれど、


「明らかにあの手の揺れは

バイバイだったよね!」



非常にアンテナの高い母も

そう思ったのだから、間違いない

と思っていますキラキラ




家族関係は

すべてがスッキリとはいきません。


でも、絡まっているから

いいのかもしれません。




今回の帰省の日は、そんな思いと

この2週間でHちゃんをはじめ

いろんな人の支えがあって、

この状況をただ悲しいだけでなく

過ごせることは、とても恵まれていて

幸せな事だなと思い、

いい一日にしよう💞と思って出かけ、

とても満たされた日となりました。




この前日は、朝からずっと

頭痛、肩痛、首痛、吐き気でつらく、

夕飯など(作ったけど)食べずに寝たいと

思うほどなのに、誰も気づいていない。



だから思わず

美味しそうにご飯を食べている


「つらい。このところ次から次から

頭に浮かんで動いてて、

ずーっと気を張ってて、

毎晩同じ夢を見るんだよ。

"実家に帰ったら、『あれがない、

これがない。どーしよー。

取りに戻れないよ』っていう夢。

〇〇(夫の実家)くらい近いといいんだけど。2kg痩せたよ」


と吐いたら、は 「......」



この無言はありがたかったです。


つらい気持ちを

吐き出させてくれる存在に感謝です。




一方息子は

相変わらず自分のおもしろ話をペラペラ。



こういう感じも気が紛れてありがたい。



ただ、あまりに息子が非協力的(家事)な

ことに文句を言ったら、


実家に行った翌日の夕飯は

息子がご馳走してくれることになり

3人で天ぷら屋さんへ。


穴子の炊き込みご飯を食べながら
天ぷらを待ちます。
夫と息子は天ぷらが来る前に
ご飯をおかわり。
魚介はあさり、サワラ、ウナギ、エビ。

サワラの天ぷらは初めて食べました。
とてもおいしかった🥰️

でも大きかったので、半分は夫に。
あさりも1粒だけ食べて夫に。
ウナギは1口だけいただいて
男たちに食べてもらいました。

ナスも息子に食べてもらいました。


揚げたてはおいしい。
私もご飯をおかわりしました。


ただ、天ぷら屋さんに行く前に
息子のお土産の団子を
3人で1本ずつ食べてきたので......

栃木県大田原市の和菓子店『あん小屋』は

「ここのあんこは絶品!」

と月イチランチ友になった

Sさんが。Sさんとは

「涼しくなったら大田原へ」

と5月に約束していたので、今の状況をお話して、

待ってもらっています。



天ぷら屋さんを出る時は全員

「おいしかったけど苦しいあせる



幸せなことです。




しかしこの夜、久しぶりに胃が激痛汗汗汗



今は痛みはなく

またいつもの食事を控えめに。





鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥




実は、前回のブログをアップした夜

お隣の奥さんが亡くなりました。



今年も庭にユリが咲いて

お隣の奥さんに見てもらいたいな

と思っていましたが、

5月下旬に救急搬送されて.......




昨年、奥さんとユリのことを書きました⬇















お隣の旦那さんにお香典と一緒に
お手紙を渡しました。
奥さんは私の父と同い年。
引っ越してきた当初から、奥さんには
本当に良くしていただきました。
たびたびお野菜をいただいただけでなく、たくさんうれしい言葉をいただいたり、
手紙に書いたエピソード以外にも
いろんなことが思い出されます。
いただくばかりで返しきれませんでした。


寂しいですが、先日旦那さんが

「先日はありがとうございました。
見事ですね」

と、私がユリを切っていたら
お声をかけてくださいました。


旦那さんがユリの話をされるのは
初めてのこと。

でも、これからは
旦那さんにユリを喜んでいただける
かもしれないと思うと
手紙を書いてよかったと思いました。




鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥




昨日は、前日に行こうと思い立ち
佐野市の東石美術館に行ってきました。


早すぎて
まだパンフレット(チラシ)の印刷ができていないとの事でいただけずでしたが。


田染幸雄  「瀬戸の朝」

礒部草丘  「霊峰曙色」

田崎草雲  「青緑蓬莱宮図(双幅)」


こちら(第二のお部屋)を見始めたら……

また、3月の学芸員さんが来て

いろいろお話を。



ただ、今回は

一人で黙って鑑賞したかった......




でも、松井康成さんのこの作品が

"花ひとつひとつが金太郎飴のように

作ったものをくっつけて壺にした話"

なるほど〜でした。


この作品を乗せた台は、

今回からだそうです。鏡になっています。




今回もありました。神保雅さんの
接着剤を使っていない作品。








学芸員さんは、
とくにこちらがお詳しいようで⬇

葛飾北斎  「富嶽三十六景」




全ての絵に富士山が描かれているとか



赤富士というのは、
この時代北斎が初めてだったとか。


この絵は、湖に映った富士山には
雪が被り、季節が違うとか


次のお部屋にも学芸員さんが来て
いろいろ説明してくれましたが、

私は見たいものを見て

⬆渡辺崋山の次男渡辺小崋の作品⬇




「今回は、これ⬇が見たかったんですー」
「そうなんですか.......」

荒木寛畝  「人物動物風景画帖」

「ほっこりしますよね」




そして、最後のお部屋へ。43秒です。



今回
特に心動いた作品はこの二つでした。

西野陽一  「螢」

メインがユリではなく螢
というのがいいです。

ユリもホタルも美しいい光が。



こちらの作品も美しかったです。

木村圭吾  「黒牡丹」

幸福の象徴である牡丹と
長寿の象徴である蝶の組み合わせ。





東石美術館のホームページ⬇




帰りは

疲れたーーーーと思いながら

運転してきましたが、


ちょっと気分を入れ替えられて

よかったです。






みなさんのブログを

少ししか読めないのにも関わらず、

最後まで読んでくださり

ありがとうございました。



このところの気持ちを

聞いていただけたようで

ありがたいです。



今回もコメント欄を閉じます。