こんにちは。ふるりえです。

一昨日と昨日は、
息子が「発達障害」というものを
どのように受け入れていったのか......

あくまでも私の想像ではありますが
書きました。

一昨日と昨日の記事はこちらです⬇⬇⬇


『息子が「発達障害」を受け入れていった過程(前編)』こんにちは。ふるりえです。息子は、小学4年生の時にアスペルガー症候群の診断を受けました。WISCーⅢの結果と、生育歴などからです。その当時、息子は不登校で、学…リンク発達障害の息子・夫と幸せに暮らしたい! 

 


『息子が「発達障害」を受け入れていった過程(後編)』こんにちは。ふるりえです。昨日は、息子が「発達障害」を受け入れる大きな要因・転機となったと思われる4つのエピソードのうち3つについて書きました。昨日の記事は⬇…リンク発達障害の息子・夫と幸せに暮らしたい! 

 




そして、一昨日の記事で書いた
「生活体験発表」をはじめ
息子が高校3年間でいろんな面で
大変お世話になったM先生。

M先生は、息子が通った高校に
新設当初からずっといらっしゃる
唯一の先生。

前任校も通信制
という、通信制のスペシャリスト。
M先生は一度も
息子の担任ではありませんでしたが
いつも息子のおしゃべりには
M先生が登場していました😅


教員を目指している息子が、
いろんな面で目標としている恩師
M先生について
様々なエピソードを
時系列順に書きたいと思います。



①息子中3の夏、
家族3人で体験入学に参加しました。
全体会の前に、時間があったため、
夫は、となりの教室にいらしたM先生に
この学校について
いろいろ質問をしました。
私と息子は、
夫の近くでそれをきいていました。


その時のM先生の印象は、

「感じ悪い先生だね!
腕組んじゃって、イヤそうに答えてて。」

でした。

これは
かなりあとになって気づいたことですが、
M先生も、かなり生き方が不器用で、
息子が入学する前の3年間は
学校のいろんな役職を外されていた
そうです。
新設当初からこの学校に勤務していた
のですから、役職をはずされる前の
10年くらいは、
学校運営の中心人物として
いろいろ活躍されていたはず。
「この学校の歴史」
でもある先生だったはず。

それなのに......💦

M先生は常日頃
「私は、いつでも辞めてやる!
と思って仕事をしている」
と話していたそうです😉

でも、息子が入学した年から、復活!
進路指導部長や学年主任などとして
活躍され、
息子も大変お世話になりました。


そしてM先生はとてもシャイ。
だからおそらく、夫が堂々と😁
M先生のところに質問に行ったため
(ほかの人たちは、誰も質問に行かず、
座って待機です。)

「M先生は身構えてちゃったんだよ!」

と息子の弁。





②入学直後のガイダンスで、
進路指導部長のM先生からのお話で、
M先生は
「この学校の通信制は、県で一番、
生徒の学力に大きな差がある学校です!」
とおっしゃったそうです。


この発言は、

受け取り方によっては
どうかな?
と思うところもありますが、

息子にとっては
ものすごく「励み」「希望」
となったようです。


通信制に入学する際、
「学力検査」
がありませんでした。
「面接試験」のみ。
しかも、不合格はまずない。


だから息子は
「通信制の生徒は、
勉強ができない人しかいないはず。
自分もその一員だから、
どうせダメなんだ💢」

と思っていました。


そんなときに、このM先生の言葉は、
どんな説明よりも
スーっと入ってきたようです。

その日は帰ってきてから、
息子が生き生きしていたのを
覚えています。




③息子は、高校の時も、
頻繁にトイレに行っていました。

そして何度か、

「トイレに行って教室に戻ると、
誰もいなくなっている💦
そして息子は
このあと、どこに行けばよいのか
わからず、慌てる、焦る。」

という場面があったそうです。


そんなとき、不思議といつも
M先生が来てくれて
(というか、廊下を通りかかってくれて)
一緒にみんなのところに
連れていってくれたそうです。


本来は、移動を指示した先生が、
移動先を黒板に書き残してほしいところです。
通信制なので、
単独行動の生徒さんもたくさんいますから尚更に。
でも、口頭で指示しただけで、
全員に伝えたつもりになってしまう
先生が多いのでしょう。

通信制が長いM先生は、経験上
そういうことで困ってしまう生徒がいることを
わかっていて、
このようにうろうろしてくださっていたのかも
しれません。
だからといって、
こういう対応を、
学校全体に周知徹底させるほどの権限は
M先生にはなかった...
あっても、他の先生方の熱意は、
そこに及ばなかった?


息子の話では、
M先生は
「私はいつも”うろうろ”しています!」
と言っていたそうです。


M先生は、授業以外の時間は、
職員室にいるのではなく、
いつも学校中をうろうろしている
のだそうです!

息子も、これで何度も救われてきました。


また、
息子も、よくうろうろしていたので😅
M先生が、
廊下で生徒としゃべっている姿を
何度も目撃していました。

「生徒も、職員室では相談しにくいことも
廊下で立ち話なら、
気軽に話ができるんだよね!」

と息子は言っていました。



だから息子も

「Kくん(息子)も、(教員になったら)
うろうろするよ!」

と言っています。


塾のバイトでも、
困っていそうな生徒には
自分から声をかけているそうです。
(息子には、そういう側面があって、
なんだかうれしいです✨)


④隔週木曜日に、
希望者のみ対象の勉強会「進路講座」
というものがあり、
息子は、1年生から卒業まで、
欠かさず参加していました。


参加人数はきわめて少なく、
先生方もはじめのうちは
かなりゆるめに(無計画に💧)
すすめていて、
見通しの立たない不安の大きいASD息子
にとっては、かなりのストレスで、
前日の荒れ具合はひどいものでした。

当時は「魔の水曜日」と呼んでいました。
日曜日と火曜日が登校日で疲れ
木曜日は不安と緊張
それに挟まれた水曜日は、
ものすごく不安定、不機嫌になってしまう💧


それでも,進路講座では、
毎回M先生と一対一で
進路の話を中心にいろいろお話しできて、
どんどん息子は
M先生を信頼していきました。


息子は、国公立大を目指していたため、
私立大学しか受験しなかった先生の
お話だと
しっくり行かないことが多かったのですが

M先生ご自身が国公立大学を目指して
勉強していた経験、
M先生の娘さんが文系国立大、
息子さんが理系私立大に
最近合格した経験など、
とても具体的で明確なお話がきけ、

さらにM先生が
息子に話してくださる内容が、
わりと、
私が息子に常日頃話していた内容と
ダブることが多くあり、

「信頼できるM先生の話と
ママの話が同じということは、
ママも信頼できるかも!」

と、息子の意識も変わってきて
親子(母子)関係が良好になってきた
ことも、ありがたいことです。


そのことに触れた記事はこちらです⬇⬇⬇


『アスペルガー息子にとってよき指導者とは』こんにちは。ふるりえです。昨日のブログで”いろんな先生との関わりから、息子にとって好ましい人と好ましくない人というのが見えてきました。”と書きました。そして、…リンク発達障害の息子・夫と幸せに暮らしたい! 

 




高2あたりから、息子も

大学受験を意識し始め、

模擬試験も少し受けるようになりました。


たまたま、高3のとき

数学の記述模試で

とてもいい点を取り、

職員室で先生方が大騒ぎになっていた

(と息子が感じた)時も、



M先生は冷静で、

息子に対して


「数学はもう(勉強をあまりしなくて)

いいから、他をやれ!

とくに文系を目指しているなら

国語をやれ!」


とアドバイスしてくださったそうです。

(常に冷静に、息子のためになることを考え、

具体的に何をすべきか

アドバイスしてくださったことは、

息子にとって最高でした!)



私の感覚だと、

「国語って何を勉強するの?

やって伸びるものかなあ……」

だったのですがてへぺろ



息子はそのあと、

国語の受験勉強を

スタディーサプリを中心にやったようで

伸びました!



そして、

「そこで培った読解力と記述力が、

今、大学で生きている!」

と、息子は言います。




塾のバイトでも、

「教えていて一番楽しいのは国語。

生徒さんに喜ばれるのも国語。」

と話しています。


「努力してできるようになったものの方が、

教えやすい。」と。





高3夏に、校内の

「生活体験発表会」

(一昨日の記事で書きました)があり、

息子が代表に選ばれ、

秋に関東大会に出場しました。



まず、原稿作りでは、

担任の先生以上に

M先生がものすごく熱心に

赤ペンを入れてくださり、


毎回担任の先生が

「あら~、(M先生の添削は)

真っ赤っかだね~!

あまり気にしなくていいからね~!」

と苦笑いする有り様😅

(そこまで熱心に添削してくださるM先生に

親子で感謝!そして楽しさ!だったのですが😉)



また、息子は、

原稿の中に、

どうしても

M先生のエピソードを入れたくて

書いて持っていくのですが、



決まってM先生は

「これ(M先生のエピソード)は

(書かなくて)いいから!!」

と言って、赤ペンで削除😁



3~4回削除され、

最後は何か一つ

M先生のエピソードを入れられた

と思いますが、

何のエピソードだったか、

忘れてしまいました😅



それくらい息子は

M先生にお世話になり、

M先生に感謝していた

ということです。



そして、関東大会の会場は他県、

電車で片道4時間以上かかるところ

にもかかわらず、

旅費の出る担任の先生だけでなく

「俺も自費で応援に行くから!」

とM先生は

本当に自費で会場まで

行ってくださったのです!

息子一人のために、2人の先生の引率。

しかも、M先生は休日に自費で応援びっくり


本当にありがたいことです。





⑦M先生と私が初めてお話しできたのは、

生活体験発表の関東大会の日の朝、

息子を駅まで送ったときでした。

私はM先生に

日頃お世話になっているお礼を言い、


「どうしてこんなにM先生は

息子のことがわかるんだろうと、

息子と話しているんですよ。」

と言うと、


M先生は


「たまたまです。」


と。


それ以上お話を続けるのが

申し訳ない感じになり💦

私は担任の先生と話しました。



やはりの息子の言うとおり、

M先生はかなりシャイでした😅





今通っている大学に入学することを決め、

担任の先生に「引継書」を作っていただき

(配慮してほしいことや

心配に思っていること、

得意なことや苦手なこと等の内容は

こちらから、

学校での様子や、していただいた支援等は

学校からの内容で

作成していただきました。)



入学直前の3月に、

大学の先生3名と高校の担任とM先生

そして息子と私で

「引継書」をもとに

2時間くらいお話をさせていただき、

そのあとキャンパスの案内も

していただきました。


話し合いの場で、大学の先生から

学力の話が出たとき

M先生が


「この子は、それは大丈夫です!

総代もやりましたし!大丈夫です!」


と、力強く言ってくださったのが

とても印象深く、胸が熱くなったのを

覚えています。





高校生の時の息子は

今よりずっと

うまくいかないことが多かった中、


こういうM先生とのエピソードを

息子からきいたり

実際に私が経験したりして

そのたびに

心が温かくなったものです。



息子はM先生に

こんなにも大事にしていただいて

幸せだなあ……

と思いました。


M先生には3年間

親子で支えていただいたと思っています。




こんなに息子を思って

指導してくださった

素晴らしい先生との出会いに

感謝しています。



そして、

こんな素敵な先生がいらっしゃることを

知れたのは、息子がいたおかげです。



本当に、息子のまわりには

魅力的な人がたくさんいます。



私がこれまで出会わなかった

いろんな素敵な人との出会い。


とても幸せだと思います流れ星





お読みいただきありがとうございました。