12月22日(木)

本日は、講演活動のため東京から佐賀を訪れている友人を佐賀駅でピックアップし、神埼市内を半日案内することに(^-^)。

この友人、私が永田町で政治の勉強をしていた頃の勉強仲間です。
今は大手広告代理店に在籍し、先日スマートフォンによる企業の戦略を提言する本を出版したとのことで、その内容に関する講演を佐賀県から依頼させての佐賀訪問とのことでした。

ちなみに昨夜は佐賀の酒を堪能したとのこと。
出来れば、そちらのほうにも付き合いたかったのですが、こちらはこちらで酒飲んでましたし・・・(笑)。

というわけで、本日案内したルートを辿りましょう(^-~)。

まずは神埼市千代田町の南端から神埼市に入りました。

千代田町の南端は、黒津地区。
筑後川の河口から有明海も近いため今は細々とではありますが漁業も行なわれています。
そして広がる田園地帯。

少し北上すれば崎村地区。
ここには、かの「次郎物語」の著者であり文豪かつ教育者であった下村湖人先生の生家があります。
ちなみに、二人の共通する政治勉強仲間である中山克己さん(小金井市議)がいる東京都小金井市には下村湖人先生が青少年教育に力を注がれた日本青年館別館(浴恩館)があります。

そこから北上して冠者神社の三叉路を右折。
千代田東部小学校の前を通り、田手川の堤防を左折。

千代田町を東西に走る中央道路を西へ移動し、下直鳥地区へ。
ここはクリークが細かく入り組んだ環濠集落。
クリークと家々が織りなす風景を見てもらいました。

今度はR264を久留米方面へひた走り、私の看板も見つつ(笑)、お隣のみやき町との境近くの藤ノ木の交差点から北上。

吉野ヶ里歴史公園へ。
物見櫓などを眺めつつ、メガソーラー設置で揺れる吉野ヶ里ニューテクノパークへ。

吉野ヶ里ニュ-テクノパークは企業誘致のために県が管理している27haの広大な土地。
もともと、地権者から子どもや孫たちの働く場所になればとの思いから手放して頂いたという経緯があるにもかかわらず、すでに30年近く放置されている土地です。
そこにメガソーラー設置計画という話が持ち上がっています。
それに対して、吉野ヶ里遺跡全面保存会からは景観を損ねるから反対との要望が出ています。

そういった事情なども踏まえて案内させて頂きました。

次に向かったのが「水車の里」。
城原川の水を利用して水車を回し、その動力で粉を挽きそうめんを作ったというそうめんの歴史を紹介。
さらに白角折神社【オシトリジンジャ】へ。
樹齢1000年を越えるクスノキを見てもらいました。
この巨木は迫力あります。
そして、これを見た人は皆さん写真を撮ろうとしますので、私はいつもアドバイスします。
「いや、写真じゃこの迫力を表現出来ないっすよ」
と(笑)。

実際、いろんなアングルに挑戦したあげく
「確かに無理だな」
と断念されます。にひひ

さらに、移動して仁比山神社へ。
こちら紅葉のシーズンが過ぎていましたので、先を急ぐことに。

次に愛逢橋へ。
ここから城原川を眺めて頂きました(^-^)。

さらに山を登って脊振へ。

まずは高取山公園の直売所へ。
ちょっとだけお土産タイム。

さらに広滝の湧水庵へ。
残念ながら、本日はお休みでした・・。

そして脊振を下って、百年庵にて昼食。
冬ですが、神埼といえば「そうめん」ということで、「そうめん定食」を頂きました。
もちろん、冷たいそうめんで(笑)。
冬に冷たいそうめんってのも、真冬にコタツでアイスクリームみたいな感じで美味しいですね。にひひ

食後、ちょっとゆっくりしゃべってから、吉野ヶ里町へ。

R385を北上し、道の駅「さざんか千坊館」へ。
ここからは、佐賀平野が見渡せます。
筑後川の河口、そして眼下に広がる有明海。
天気が良ければ、さらにその先には普賢岳が見えるのですが、今日はそこまでは見えませんでした。

ここでは、修験道の聖地であった脊振山のこと。
修行僧がここから有明海に入ってくる船を見ていたこと。
山の北側に行けば同じように博多湾が見下ろせること。
栄西が茶の種を持ち帰ってこの地に植えたこと。
坂本峠を越えて平忠盛が日宋貿易で富を築いたこと。
などなど、いろいろなストーリーを紹介させて頂きました。

そして、ここでもちょっとだけお土産タイム。

その後、友人はこれから熊本に行かなければならないということで新鳥栖駅まで送りました。

こうやって、案内してまわるとあらためて神埼市にもいろんなところがあるな~と感じました。
まだまだ他にもたくさんありますしね(^-^)。

何より私も楽しめました。

また来てもらいましょう。にひひ