さすらいの風来坊 憧れの世界

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カンボジアのアンコールワット

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フランスのモンサンミッシェル

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インドのタージマハール

食べるバラエティ番組を見ていると、

最近 変な効果音がつけられていて

とても気になって仕方ない。

誠に不快極まりないのです。 

 

この音は、シャッターを切る時の「シャカリッ」

という音に似ている「カプリッ」という音なのですが、

りんごやポテトチップスならともかく、

やわらかいパンや麺、肉やご飯を食べる時でもこの音を充てています。

これはおかしいですよ。

 

おにぎりを口にする時にも変な音。

きわめて不自然で不愉快。 

変な音を充てないでほしい。

編集のセンスが問われます。

 

ついでに。

電子レンジで「チンする」とよく言われますが、

うちのは「ピーッピーッ」という音で、

「チン」とは鳴りません。

いったい誰が「チンする」と言い出し、

なぜ定着したのでしょうか。

 

もうひとつ文句があるのですが、

指輪をしたまま料理をするのは不潔ではないでしょうか。

指輪と皮膚の間にたくさん菌がいそうな気がします。

不潔なのは大嫌いです。

28日の早朝、新宿集合。

観光バスで埼玉県へ。

まずは行田市・古代蓮の里、会館の行田タワーから田んぼアートを見物。

50メートル上がるため、エレベーター待ちがあります。

タワーから見下ろした上の写真では、ガラスの反射も映っております。

 

川越に移動し、氷川神社へ。

若い子でにぎわっていました。

 

名物の鐘。ちょうど一番暑い時間。

 

暑いにもかかわらず、たくさんの人でにぎわう街並み。
ミッフィーとピーナッツ・スヌーピーのショップに寄る。

 

飯能へ移動。ムーミンバレーパークへ。

フジテレビ日曜19時30分から岸田今日子さんの声でアニメ番組があったのを思い出します。

拙者は子供の頃からムーミントロールが大好き。
切手を発行したフィンランドのヘルシンキに行ってグッズを買いまくったほどです

 

ムーミンはカバやサイではありません。妖精ですよ。

 

広い、歩く、汗、きつい。

ショーも見ちゃった。

その後はショップでおみやげ三昧。

新型コロナや異常気象、世界での紛争などの影響から物価が上がる一方です。

しかしその割に賃金や預金利子は上がりません。

うちなどは勤めていた会社が倒産し失業したため収入はなくなりました。

 

こんな時には極力家計の出費を節約しなければなりませんが、

どこからといえば衣服からでしょう。

うちはもともと買いません。

買うのはパンツ、靴下など消耗品で、安い店で同じ物をまとめ買いします。

 

他の服はもう何年も、何十年も着ています。

一番古い服は1978年に買った高校の体操着です。

日本の服はしっかり作られているので、そう簡単にダメになりません。

なるべく汚さないよう大切に着て、適度に洗濯していれば

長く着れるので買い替える必要はめったにありません。

 

 

2025年3月7日金曜日

早いもので旅も四日目になりました。

長い間いろいろ計画を練った旅もいよいよ帰る日です。

寂しさを感じつつ9時20分にチェックアウトしました。

 

JR奈良駅まで歩き、9時37分発のみやこ路快速に乗車。

目指すのは大好きな京都です。

44分で京都駅に着くと北口のバス乗り場へ。

一昨年、昨年と来ているので、迷うことはありません。

 

バスを待ち、満員のバスに乗って市内をゆっくり北上。

45分かかって北野天満宮に着きました。

これまで近くを通っていましたが、ようやく来られました。

花がとてもきれいでした。牛の像もありました。

 

さて、11時45分に出発。

立命館大学そばの某寺に向かいましたが、これが大失態

本来行きたかった寺と勘違いした某寺を目指してさまよい歩き、小雨降る中を約60分ほど無駄足しました。情けない。

 

勘違いに気づいたのは後日で、当日はたどり着いた某寺の貼り紙を見て非公開なのかとがっかりでした。

そしてまたバス停を探してさまよいました。

しばらくしてようやくバス停が見つかったのは幸いです。

なお行きたかった寺はまったく別の場所にあり、来年以降にあらためて訪ねようと思います。苦笑

 

さてまたバスに乗ったものの、約1時間もかかってようやく四条河原町で下車。目指すは昨年スルーしてしまった六波羅蜜寺です。

令和館で楽しみにしていた空也様とご対面。

14時に出発し、歩いて法観寺・八坂の塔に向かいました。

 

坂を上ると塔の下に到着。

たくさんの人たちでにぎわっていました。

 

14時半に大通りにあるバス停に着くとしばらく待ち、ようやく来たバスは超満員。どうにか乗りましたが、約30分かかって京都駅前に。

市内のバスは安いですが大きく迂回するし、車内は混雑するし、渋滞で時間がかかりますが、京都が好きなのでそれでも良い、街を見るのが楽しいのです。

ただし時間に余裕がある場合に限りますが。

 

最後は京都タワーで「ずらし旅体験クーポン」行使です。

タワービルのエレベーターで上まで行き、行使を伝えて手続きするとタワーの展望台から景色を楽しめ、その後下の店舗で1000円分買い物ができるのです。

拙者は80円足して聖護院八つ橋と引き換えました。

 

33年ぶりにのぼったタワーから出たら京都駅へ。

地上や地下の店を見て回り赤福を、伊勢丹の古市庵でいろどりちらし弁当を購入。

17時1分発の新幹線のぞみ号で帰京。

20時20分に帰宅しました。

 

帰ると早速荷ほどきです。

まず洗濯物を取り出し、早速洗濯。

もらったパンフやチケット、御朱印をまとめます。

写真は翌日取捨選択し、サイズを調整しました。

 

あーあ、今年の旅も終わっちゃった。

また来年の旅を楽しみにして生きていきます。

旅も三日目。天気は曇り。そんなに寒くはありません。

今日も6時半に起き、7時半に朝食

9時半にホテルを出てJR奈良駅に向かい、関西本線大和路線で法隆寺駅へ。

 

駅前でしばらく待ち、バスで法隆寺へ。

 

今日も失敗。焼失した金堂壁画のコピーを見逃しました。

気づいて戻ろうとしましたが、それは叶いませんでした。

 

配置を確認しながら見て回り、広い構内の奥にあるのが10円玉でおなじみの夢殿。

観光客が少ないのでゆっくり見ることができました。

 

つづいて中宮寺に。

お目当てのものの実物は博物館にあるようです。

 

 

↓の仏像は刷色や額面デザインを変えながら、長い間日本郵便50円切手の図案でした。

 

たっぷりと時間をかけ、たくさん歩いて法隆寺を堪能した後、バス停へ。

すると薬師寺行きが来るまでかなり時間があり、じっと我慢の子です。

 

ようやくバスが来ると、これまた結構な時間をかけてようやく14時まえに薬師寺へ。

入口のトイレで修学旅行生とすれ違いました。

入場したら団体客はおらず、静かにゆっくり見られました。

 

塔が大好きな拙者だけに、法隆寺に続いて薬師寺にも33年ぶりにやってきました。

 

1時間ほど見学し、すぐそばにある近鉄の西ノ京駅へ。

ちょうど電車が出たばかりだったので、ここでもまた待ち。

 

近鉄奈良駅に着くと、ゆっくり商店街を歩きました。

派手さはなく、親しみやすい感じで、暮らしやすいかも。

やよい軒でチキン南蛮とえびフライの定食を食べ、

例のセブンイレブンで夜食をクオカードで買い込み。

 

まだ明るいのにホテルに戻って入浴。

アルコールをいただいて部屋に戻りました。

今日は結構待ちましたが、歩いた距離はそんなでもなく、足が痛い、重いということがないのは幸いです。

 

つづく

芸能界DAISUKI!
以前さかんにミュシャ展が取り上げられたことがあります。

 

拙者は子供の時にチェコの切手でミュシャの作品を見て以来大好きになり、それはプラハに行った際に美術館を訪れたほど。

 

ミュシャの作品は何度か日本に来て展覧会を催されていますので、ぜひチャンスがあったら鑑賞してみてはいかがでしょうか。

  

芸能界DAISUKI!

 

 

アルフォンス・マリア・ミュシャ

(ムハとも言う) 1860年 - 1939年

 

アール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー。

 

「ミュシャ」という表記はフランス語の発音によるものであり、チェコ語の発音を日本語表記すると 「ムハ」または「ムッハ」となる。

 

多くのポスター、装飾パネル、カレンダー等を制作。画家であるとともに広告クリエイターだった。

 

ミュシャの作品は星、宝石、花などの様々な概念を女性の姿を用いて表現するスタイルと、華麗な曲線を多用したデザインが特徴。イラストレーションとデザインの代表作として『ジスモンダ』『黄道12宮』『4芸術』などが、絵画の代表作として20枚から成る連作『スラヴ叙事詩』が挙げられる。

 

ミュシャは1860年、当時オーストリア帝国領だったモラヴィアのイヴァンチツェで生まれた。

 

25歳の時、エゴン伯爵の援助でミュンヘン美術院に入学・卒業し、28歳の時にパリのアカデミー・ジュリアンに通う。1895年、たまたま舞台女優サラ・ベルナールの芝居のために作成した「ジスモンダ」のポスターで一躍有名になる。威厳に満ちた人物と繊細な装飾からなるこの作品は、当時のパリで大好評を博し、アール・ヌーヴォーの旗手としての地位を不動のものにした。またサラ・ベルナールにとっても、この「ジスモンダ」が、フランス演劇界の女王として君臨するきっかけとなった。その後もミュシャは「椿姫」、「メディア」、「ラ・プリュム」、「トスカ」など6年契約でサラ・ベルナールのポスターを制作。

 

サラ・ベルナールの他、煙草用巻紙(JOB社)、シャンパン(モエ・エ・シャンドン社)、自転車(ウェイバリー自転車)などの多くのポスターを制作。女性と様式化された装飾の組み合わせが特徴的。

 

装飾パネルも数多く手がけた。2点ないし4点セットの連作が多く、いずれも女性の姿を用いて様々な寓意を表現している。


芸能界DAISUKI!

ミュシャの作品は一度見たら忘れられないほど、人の心を惹きつける魅力があると思います。その力強さ、個性、表現力には驚くばかりです。

 

日本ではまだ広く知られていないのが残念です。

一人でも多くの人に知ってほしいと思います。

今回の旅の朝食は、ホテルが6時半・7時半・8時半の3部制を取っていることから、チェックインした時に7時半を予約しました。

 

このため6時半に起き、ベッドの上で毎日必ずやる足腰のストレッチとおなかのマッサージをし、出かける準備などをして充分胃と目を覚ましてから朝食会場に出かけました。

 

この写真のようなラインナップを食べた後、もう一度取りに行ってシリアルやヨーグルト、コーヒーなどを食べ、だいたい45分くらいで切り上げました。

 

この後が重要で、部屋に戻るとベッドで横になり、ラジコを聴きながら消化を助け、トイレ待ちをします。

たくさん歩き、しっかり食べたおかげで二日目から四日目まで順調。

これがうまくいくかいかないかで1日の気分が違います。

もし出ないと、詰まったのではないか、旅の途中で催したらどうしよう、などと心配のタネがふえるわけです。

 

用を足したらGOのサイン。

さっさと出かける準備をして、9時前にホテルを出ました。

 

JR奈良駅に向かい、駅前からバスに乗り東大寺へ。

 

まもなく到着してバスを降りると小雨が降っていました。

 

有名な鹿たちをよけながら大仏殿に進みます。

 

ここで大失態

南大門にある金剛力士像を見逃しました。

気がついたのは帰京してテレビを見た時で、遅かりし由良之助です。下調べが甘い。

 

1992年以来、なつかしの大仏殿。

御朱印をいただきました。

 

この後。広い構内をじっくりと歩いて回りました。

二月堂などを見て、春日大社へ。

雨の中、若草山周辺をたっぷりと歩きました。

 

春日大社も久しぶり。御朱印をいただきました。

 

バス停に向かう途中の店でくずもちを食べて休憩。

 

さんざん歩いたついでに、なお歩いて奈良国立博物館へ。

各寺にあるのは複製で、本物は博物館にあることが多いと聞き、ここに寄らなければと思っていました。

撮影OKの展示物もあります。良いお顔ですね。

地下でつながる仏像館も拝見しました。

 

博物館を出ると、興福寺へ。

https://www.kohfukuji.com/property_category02/kokuhoukan/

 

国宝館で阿修羅像を見るためです。

子供の時に集めた国宝シリーズの切手に魅せられました。

後ろ姿のポストカードを買いました。

興福寺でも御朱印をいただきました。

五重塔は工事中で完全に囲われており、残念ながら見ることができませんでした。

 

興福寺から歩いて近鉄奈良駅を目指します。

駅周辺のにぎやかな商店街は歩いていて楽しいです。

早めの夕食はガストで。

食後は昨夜寄ったセブンイレブンで夜食を買い込みました。

 

まだ明るいですがホテルに帰着。

すいているうちに大浴場でひと風呂浴び、無料バーでサワーをいただいた後、部屋でラジコを聴きながらパソコン作業です。

つづく。

三重でも五重でも塔が大好きな拙者は、せっかく大阪に来たのだし、もう次はないかもしれないと考えた末、大阪城の次に四天王寺を訪れました。

 

城の近くから乗ったバスを降りて少し歩くと到着。

ここも広いですな。お隣には良さげな学校があります。

16時を過ぎてしまい、御朱印はいただけませんでした。

 

小雨降る中、次に目指すのは通天閣です。西に歩きます。

 

いやあ、懐かしい。

1990年に来て以来、久しぶりに間近で見る雄姿です。

テレビで見て知ってはいましたが、35年もたつと

表記もグレードアップしていました。

入場に時間がかかるようなので、以前登ったこともあり、

今回は下から見上げるだけにしました。

ローソンでシュークリームを買って食べました。

周辺の店と雰囲気はまったく変わっていました。

 

日が暮れてきました。地下鉄で日本橋へ。

久しぶりの虹の街など長い地下街を歩き、大阪の空気を感じます。

途中で豚汁の定食屋で食事をしました。

虹の街を歩くのは、パンチDEデートに出演し収録のために大阪に来た1983年以来42年ぶりです。

テレビ出演裏話その1 | シンプルで気ままな暮らし

 

大阪に来たらやはり最後はここに。

夜のとばりが降り、電光掲示の看板がとてもきれいです。

平日夕方だというのに多くの人でごった返していました。

ここへ来ると「大阪ラプソディー」を口ずさんでしまいます。

宗右衛門町ブルース月の法善寺横町もいいですね。

法善寺横丁には1990年に寄りました。

 

大阪難波から近鉄で奈良駅へ。

駅を出ると、広い道路と寂しい風景。

ホテルに向かって歩きますが、なかなかつかないので左折ししばらく歩くとセブンイレブンに到達。

せっかくなので夜食をクオカードで買い込みました。

 

マップで確認するとホテルは近くと判明。

歩いてもう少しの場所にひっそりと存在しました。

 

20時過ぎにチェックインし、4階の広い部屋に入ると食料を冷蔵庫へ入れ、まず大浴場へ。

戻ったらテレビを見ながらパソコン作業をし、サラダとデザートの夜食をつまみました。

3月4日火曜日の朝。

念のため目覚まし時計を二個、8時にセットしましたが、なる前に目が覚めました。

 

出かける時というのは時間の経過が速いもの。

ポイントはポットの湯冷ましをペットボトルに移して持っていき、ポットは空にしてコンセントをぬくこと、同様に加湿器の水も捨てて乾燥させることです。

こういった事前に書き出しておいた朝やるべきことをちゃくちゃくと済ませ、水と火の用心と戸締りを念入りにやって、重いリュックを背負って出かけました。

 

最寄り駅まで徒歩で20分かかります。

駅でパスモに4000円、スイカに2000円をチャージし、一万円札を入れて4000円をお釣りでもらい千円札を確保。

 

どうにか電車に間に合うとまずはホッと一息。

日暮里でJRに乗換えですが、EXながら紙の切符を発券してみることにしました。

これは切符にしたら日暮里から東京駅までただになるかなと考えたからでしたが、EXなのでやはりダメでした。

帰りは素直にスイカで改札を通過することにしようと思いました。笑

 

10時に東京駅に到着。

これで新幹線に乗り遅れる心配はなくなりました。

金目鯛西京焼弁当とサントリー角瓶炭酸水割り缶を購入して、10時30分発のぞみ25号に乗り込みました。

 

昔は発車の際にリーーンとベルが鳴るし、ホームでも車内でも大きな声のアナウンスが繰り返されたものでしたが、今は静かにサッと発車しますね。

平日ですが満員の指定席車両でした。

 

乗ったらまず食事です。

次はスマートフォンのワイファイをつなぎます。

お隣の方はパソコン作業をしていました。

拙者もいじりたいのですが、出し入れが手間なので控え、スマホどまりにしました。

天気が悪いので車窓の富士山は期待できません。

株価を見たり音楽を聴いたりしいるうちに13時、新大阪駅に到着しました。

 

新大阪駅から大阪駅に向かい、環状線に乗り換えて大阪城公園駅で下車。

駅構内を歩いていると、待合の椅子の向きが関東とは違い横向きなのですね。

 

小雨降る駅前から最初に見た景色。

目指すは大阪城です。

1990年、「花と緑の博覧会」を会社の慰安旅行で見にきた際に寄って以来なので35年ぶりに訪れますが、当時のことをほとんど覚えていないのは情けない。

 

どちらにどう行けば良いのか半信半疑、グーグルマップを見ながら歩いて大阪城ホールを通過。

とにかくひたすら長距離を歩きました。

 

ようやく姿を現した大阪城。

お城は高い所にありがちだし、周囲には広い敷地とお堀があるので、ぐるっと回りながら坂を上がっていきます。

 

豊臣秀吉が建て、冬と夏の陣を経て、徳川が盛り土をして立て直し、現在は鉄筋コンクリート造りエレベーター付きの大阪城ですが、やはり勇壮でかっこ良いです。

 

入場券を買い、階段をのぼってここから入るのですが、入ってすぐ目の前にあったエレベーターに気づかず、階段で上がるという失態を犯しました。

 

最上階まで登りましたよ。苦笑

そこから城下、NHK大阪放送局が見えます。

売店に期待していたのですが、三つ葉葵の御紋関係の目新しい欲しい物はありませんでした。

 

まだいたいのはやまやまでしたが去らなければならない。

大手前バス停から四天王寺に向かいました。

このバスがなかなか来ない。

来たと思ったら児童で満員。

停留所に丁寧にひとつずつ止まりながら多数の乗り降りがあるのでスイスイ進まないのです。

つづく

京都タワーから見た京都駅

 

今回の旅の頭痛のタネは、火曜日から金曜日夜まで留守の間の見たいたくさんのテレビ番組をどうするかでした。

 

各時間一つならHDに録画できます。

しかし二つ録画する設備は持っていません。

奈良のホテルで見られる番組は奈良で見ますが、二つ重なった場合や、奈良では見られない番組は泣く泣くあきらめなければなりません。

 

日頃聴いているラジオ番組も、奈良で聴いたり、後ほどラジコで聴く手はありますが、テレビで録画した分とともに後にいつか見聞きしなければなりません。

それが50時間あったら、曲やCMを飛ばしたとしても40時間くらいありそうです。

ラジコでは1週間のタイムリミットがあります。

 

これらを帰宅して、大相撲三月場所やプロ野球中継を見ながら消化していくと考えると恐ろしくなりました。

 

雨の東大寺付近の鹿たち

 

もう一つの問題は前述ほどではありませんが、お金の使い道をしっかり管理することです。

支払いは現金、パスモ、スイカ、ペイペイポイント、ペイペイカード、クオカードがあり、いつ、何に、何で、いくら払ったのかを漏らさずメモする必要があります。

最初いくらあって、最後にいくら残り、帳尻が合わなければなりません。

使い道は主に食べ物、拝観料、御朱印、バス・電車。

きちんと数字を残しておきたいのです。

 

事前にできる限り交通手段、駅やバス停の場所、下車地、料金を調べておきますが、実際に行ってみると見つからないとか、変っているとか、もっと良い方法があるなど、なかなか調査通りにはいかないもので、これが生きた旅の醍醐味といえましょう。

パソコンを持っていると画面やキーボードが大きいので、こういった調べものにはスマホより使いやすいのがメリットです。

 

それにしても昔はスマホやグーグルマップなどなかったわけで、せいぜいガイドブックや旅行パンフですから、よくやっていたものだと思います。

大阪は1993年に神戸の帰りに寄って以来、奈良は1992年に訪れて以来の旅ですが、その時にどう調べてどうやって行ったかは覚えていません。それだけに令和の旅はしっかり記録を残しておきたいのです。

 

今回の旅ではパソコン、2台のスマホ、パスモ・スイカが大活躍。エクセル、マップ、乗換案内、カメラ、ペイペイなどを使いまくりました。   つづく