昭和の懐かしい言葉 | シンプルで気ままな暮らし

昭和の懐かしい言葉

西ドイツ、ソ連、ビルマ、白ロシア、ユーゴスラビア、チェコスロバキア、セイロン。

国が統一したり、分割したり、政権が変わったりして今は使われなくなった国名がたくさんあります。


現在はヘクトパスカルになってしまったミリバール、音の大きさの単位・ホーン。


ビフテキ、レーザーディスク、LPレコード、B面、ソノシート。

今もなお使われてはいますが、もうほとんど聞かなくなった言葉です。


日本専売公社、たばこの銘柄「蘭」、電電公社、日本国有鉄道、東京教育大学。

この名前を聞くことも見ることもなくなり、懐かしさを感じます。


ブラウン管、トランジスターラジオ、テレビジョン、ダイヤル・チャンネルを回す、お勝手、こしらえる、チョッキ、チャック、セルロイド、えもん掛け、プロペラ機、E電、経木、洗濯板、蠅取り紙、月賦、赤チン。これぞ昭和でしょう。

赤チンはマーキュロという薬で今も製造・販売されています。


商品ならドクターペッパー、カワイの肝油ドロップ、ロゼット洗顔パスタ、明色アストリンゼン、カルビーのサッポロポテト、ハッキンカイロ、トヨタのスターレット、七ふく、命の母、アンネナプキン、パイゲンC、アスパラC、ハイシーA、ウテナおこさまクリーム、シャンプーハット、GORO、平凡など懐かしい物がたくさんあります。今もなお売られている物もありますよ。

リリヤン。昭和40年代にありました。女の子がやっていました。


スライド、幻灯機なんてのもありました。フィルムで写真を撮影し、ネガをスライド用に加工して、暗い部屋でスクリーンに映し出すのです。今ならデジカメからテレビに直ですよね。


昔、かつおぶしというのは使う直前に塊を削り器でひっかいて作っていました。これだと大きさや薄さが自由自在だし香りが良いのです。しかし今では削ったものがパックで売られていて、削り器が高級品になってしまいました。

味噌は乾物屋や酒屋に、豆腐は豆腐屋にボウルや鍋を持って買いにいったものです。今のように便利な使い捨ての石油製品の容器がなかったんですね。

大泉学園町、都立大学駅、学芸大学駅。主となるものがなくなったため、こういった地名・駅名は今や化石となりました。

ここには書きませんが、身体障害の状態や差別につながる単語もほとんど使われなくなり、知る人も減りつつあります。これは良いことでしょう。昔は平気で使っていました。そう言った配慮がなかった時代でした。
今は放送倫理、プライバシー・個人情報保護、ごみの分別、著作権、嫌煙権・分煙などが厳しくなりましたね。

※ランキングに参加しています。バナーをクリックすると票が入る

仕組みです。「見たよ」の印にバナーをポチッとお願いします。

にほんブログ村 テレビブログへ にほんブログ村