教育業界に限らず,日本国内のあらゆる雇用環境に共通していますが,
私学教員の求人票には,未だに「年齢制限」をかけているものが,多数あります。
今年度の私学公募を見ても,特に断り事もなく,「年齢○○歳まで」とか「**●●年○月出生以降の者」
と明記されている募集が多数あります。
この「年齢制限」が大きな障壁となり,教職としての能力や実力が高い人であっても,
専任教員になりたくてもなれず,辛酸を嘗めている非正規教員の方は,数多く居られます。
私自身も,学校教員での現場の魅力を感じ,本格的に教職を目指し始めた時期がかなり遅かったので,
魅力的な学校からの公募や求人票があっても,既に「25歳まで」「30歳未満の者」と露骨に年齢制限がかけられ,
応募をあきらめざるを得ないケースが多々あります。
「それでも応募したい」と応募を強行したこともありましたが,「年齢だけ」でハナから書類審査の対象外となり,
私の経験の限りでは,年齢制限オーバーの学校では,全て「書類落ち」に終わっています。
雇用にかかわる「年齢制限」については,確かに,以前に比べれば法的にだいぶ改善されています。
2007年10月1日からは「雇用対策法」が改正施行されて,
労働者の募集・採用時に年齢制限を設けることが,原則としてできなくなりました。
それを明記しているのが,以下の雇用対策法 第十条です。
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雇用対策法 第十条 (募集及び採用における年齢にかかわりない均等な機会の確保)
事業主は,労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要であると認められるときとして
厚生労働省令で定めるときは、労働者の募集及び採用について,厚生労働省令で定めるところにより,
その年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。
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この条文の制定により,学校教育機関を含めて「年齢制限」を行えなくなったのか・・・
とんでもありません
実際には,2007年10月1日以降,現在に至っても,「年齢○○歳までの者」,「**●●年○月出生以降の者」
といった,年齢制限が露骨にかけられています。
「これは雇用対策法違反じゃないのか」と言われれば,上の条文のみを捉えてみれば,確かにその通りです。
しかしながら,この法律には,大きなワナがしっかりとかけられています。
往々にして,法律の条文というものは,あくまで「原則」を明記しているだけで,
「原則」には「例外」というものがつきものです。
実は,この雇用対策法 第十条にも「例外」規定があるのです。
それは,この条文内の「厚生労働省令で定めるところにより」という部分。
この雇用対策法における「厚生労働省令」というのは,「雇用対策法施行規則」のことで,
これは,立法機関である国会ではなく,行政機関である厚生労働省が策定した「命令」です。
この「雇用対策法施行規則」の中に,先ほど「違法じゃないか」と言える部分を「合法」にすることができるのです。
それが,「雇用対策法施行規則 第一条の三 三号 イ」に記載されている,以下の文面です。
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雇用対策法施行規則
第一条の三 法第十条 の厚生労働省令で定めるときは、次の各号に掲げるとき以外のときとする。
三(号) 事業主の募集及び採用における年齢による制限を必要最小限のものとする観点から見て
合理的な制限である場合として次のいずれかに該当するとき。
イ 長期間の継続勤務による職務に必要な能力の開発及び向上を図ることを目的として、
青少年その他特定の年齢を下回る労働者の募集及び採用を行うとき
(期間の定めのない労働契約を締結することを目的とする場合に限り・・・(以下省略))
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上記の「雇用対策法施行規則」の附則文言を盾にして,最近,私学教員の募集では「年齢制限」を設ける際に,
雇用側は,以下のような「魔法の文言」をかけるのです。
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「長期勤続によるキャリア形成を図る観点から,若年者等を期間の定めのない
労働契約の対象として募集・採用する場合」
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つまり,事業主が「長期勤続によるキャリア形成を図る観点」から年齢制限を定めるならば,
雇用対策法 第十条「募集・採用における年齢制限の禁止」の例外とみなされ,
「年齢による制限」が「合理的な制限」となり,結論としては,年齢制限をかける事は「合法」となるのです。
つまり,雇用対策法施行規則の運用により,法的な抜け道は既に作られているのです。
この附則をつけてしまえば,未だにほとんどの私学の専任公募に対して,年齢制限をかける事は幾らでも可能です。
このような運用が認められている時点で,雇用対策法がいかに事業主に都合の良い「ザル法」であるかが解かるでしょう
※このような文言を,わざわざ募集要項に明記する私学は,まだ良心的です(法律の抜け穴を知っている分)。
多くの私学では,「魔法の文言」すら募集要項に明記せずに,堂々と年齢制限を行っているのです。
明記をしていないのならば,十分に「雇用対策法違反」になります。
後付けを施したり,口頭で付け加えたりして年齢制限を正当化するのは,規範意識に欠ける組織です。
世間的に「名門」「有名」だと言われる私学ですら,堂々と行っているのが現状です。
また,この「魔法の文言」を明記したとしても,そもそも,「長期勤続によるキャリア形成」とは何なのでしょう
大学や大学院の新卒者をはじめとする若者だけが,「長期勤続によるキャリア形成」ができるのでしょうか?
特定の年齢を越えた者は,「長期勤続によるキャリア形成」は全く期待もできないのでしょうか?
これが,仮に飛行機のパイロットやプロ野球の選手ならば,視力の問題や体力的な問題で,
「長期的なキャリア形成」は年を経るごとに難しくなるでしょう。
ただ,「学校教育」で,例えば「30歳未満」と年齢制限をかけるための「合理的理由」が「長期勤続によるキャリア形成」
を目的としているのは,あまりにもおかしくないでしょうか
教員の専任の職務は,授業だけでなく,クラス担任やクラブ活動の顧問,校務分掌,その他雑務といったように幅広いです。
そのためには,授業遂行力や授業準備力,業務管理力などの,頭も体も必要になるのは確かです。
しかし,その能力の「長期的なキャリア形成」が可能な年齢が「30歳未満」というのは,あまりにも若過ぎはしませんか
ちなみに,以前(雇用対策法改正以前に)勤めていたある学校での職場でも,専任採用に年齢制限をかけていたので,
自己都合で年度末に辞める前,管理職に年齢制限をかける理由を,直接尋ねてみた事が一度ありました。
その管理職が答えた限りでの理由は,大きく以下の2つを理由に弁明していました。
① 「年齢の若い者の方が,頭に柔軟性があるから」
② 「長期的にうちの学校色に染まれるようになるから」
ただ,上の2つはそれこそ表向きの「詭弁」では? そんな事,実際に人を使ってみないとわからないじゃないですか
確かに,管理職のあなた方は,そうだったかもしれませんが,20歳代の時よりも,30歳以上になって以降の方が,
頭に柔軟性が生まれて,長期的に学校色に染まれる可能性だってあるのではないでしょうか
そのような謂われ無き偏見を抱くことこそ,雇用側の方が頭の柔軟性が無いのでは・・・
少なくとも,20歳代まで未熟で頑固だった私は,30歳代に入ってからの方が人の話を素直に聞き入れて,
頭に柔軟性が出てきた位です。
要は,「長期的なキャリア形成」やら「柔軟性のある若者」やらというのは,表向きの理由です。
公立・私立を問わず,多くの学校では50歳代以上の高給取りの年配教員が,年齢構成上多数を占めています。
そして,彼らは「年功序列」「終身雇用」の諸制度に守られて,高額な給与を貰い,かつ手厚い福利厚生も有しています。
それゆえに,彼らが歳をとって辞めない限り,総支出に占める「人件費」の割合は,必然と高くなります。
つまり,年齢制限をかける最大の理由は,その年配教員に多くかかる人件費を抑えて,
後の世代を安く使っていくためです。
ゆえに,学校の採用側は,若手(多くは20歳代まで)の教員を,優先的に専任を採用しているのが実情なのです。
ある私学の教職員組合の会報誌の記事が私にも配られ,団体交渉を抜粋した記事を読んだことがありますが,
その中に「全体に占める人件費が膨らみすぎているから,年齢構成を考えた採用を…」という内容の文章を見つけました。
この文章からも,「長期的なキャリア形成」や「柔軟性のある若者の育成」が理由ではなく,
本質的には,単に人件費削減を考えた年齢制限であるということが,容易に想像がつきます。
これは,「雇用対策法」の主旨に反している年齢制限ではないでしょうか
このような「年齢制限」を設定している最大の理由は,「年功序列」「終身雇用」という,
昭和の人口急増期&成長経済期からの遺物である二つの制度の堅持に他なりません。
これは,学校の経営側だけでなく,安定的な雇用環境を追求してきた教職員組合側も大きく関わっています。
この「既得権」に幸運にも預かれた者は,(世代を問わず)美味しい思いをしていることでしょう。
以前にも書きましたが,東京都私教連加盟200校の「専任教員」の平均年収は,42歳で900万円を超えているそうです。
しかし,そのおこぼれに預かれず,採用適齢の時期的に不運にも専任採用の枠がどこにもなく,
やがて歳を経てしまった結果,学校にとっての「採用適齢期」を過ぎてしまえば,専任教員になることすら,かないません。
残るは,この教職の業界からおとなしく去って,他の道へ進むか(それは教職以上に険しい道のりです),
専任教員の何分の1しかない給与と福利厚生にも預かれない非正規教員の身分として働くしかなくなります。
そして,時として「雇用調整」の名のもとに,学校の経営上の都合で,
使い捨てられるままのコマ要員としてしか,みなされなくなるでしょう。
特に,大学学部卒や大学院修了時に「就職氷河期」と呼ばれ,教職どころか民間企業さえ,
就職することが困難であった,今の30歳代は,非正規教員の厳しい境遇に置かれている者が,非常に沢山居ます。
また,多くの学校では皮肉にも現在,年齢構成上,最も専任教員の層が薄いのが,30歳代なのです。
このような状況下,私学は,雇用調整法施行規則を盾に,
表向きは「長期的なキャリア形成」や「柔軟性のある若者の育成」を目的にしながら,
実際には「年功序列」「終身雇用」という二つの制度を堅持するがゆえに,
やらざるをえない「人件費抑制」を目的に年齢制限をかけ,
30歳代以上の非正規雇用に置かれている者の門戸を,より閉じていこうとしているのです。
どこかの新聞社が,この世代を「ロストジェネレーション」と名付けています。
昨今の政治では,若者への雇用対策や就職支援にばかりに関心を向けていますが,
30歳代の世代の多くは,その名の通り,生涯に渡って「見捨てられ」ていくのでしょうか・・・
今後は,更なる少子化が進行して,私学経営も苦しくなるものと予想されます。
従来の専任教員の待遇を維持したままでは,さまざまな非正規教員の形態を編み出し,
その非正規教員たちを「使い捨てのコマ」として雇用調整を行う学校は,一層増えることでしょう。
もちろん,非正規教員の中には,時間的に余裕がある方の副業として,自ら臨んで働いている方も居ます。
その方の多くは,恐らく経済的にも余裕があり,生活の心配もさほど無いことでしょう。
しかし,その一方で,生活設計すら立てられず,社会的にも経済的にも見捨てられて,
精神的に追い詰められている非正規教員も多いのです
その解決のためには,専任教員においても「年齢制限」を撤廃し,機会均等を図り,
年齢に対する先入観を取り払った公正な採用が行われることを期待いたします。
この「年齢制限」を撤廃していくためには,専任教員の「終身雇用」制度はともかく,
「年功序列」制度は撤廃しなければならないと思います。
民間企業では,既に「年功序列」制度が崩壊している所が,数多くありますし,
企業業績に左右されて,正社員の給与やボーナスも減らされることがあります。
既に,理不尽な形で雇い止めをされた非正規教員は,沢山居ます。
その方の中には「痛み」を繰り返してしまったがゆえに,自信もまた生きる気力も失ってしまった者も少なくありません。
私学の経営者や,「年功序列」と「終身雇用」に守られた専任教員たちは,彼らの「痛み」はわかるのでしょうか
そして,このような理不尽な目に遭ってきた者に対して,指をくわえたまま何も文句も言わずに放置して,
少しも良心は痛まないのでしょうか 「痛み」を分かち合おうとも思わないのでしょうか
以前にも書きましたが,私立学校は,決して民間企業ではありません。
民間企業には無い税制面の優遇とさまざまな助成を引き替えに,高い公共性が求められているのです。
子どもたちを「未来ある存在」としてもの育てていく使命を果たしていくのならば,
学校側も,現行の雇用方針を貫き通すのではなく,また臭いものに蓋をする言動不一致の姿勢を通すのではなく,
誠実に現況の雇用環境を改善していくよう,公共精神を図って頂きたいものです。
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※少し古いデータですが,2001(平成13)年度の大阪府内(大阪市を除く)における
公立小学校教諭の年齢構成を示した人口ピラミッドを貼付します。
詳しい出典は失念してしまいましたが,産経新聞の新聞記事だったと思います。
1つの府の公立小学校のものですが,全国の私立の小・中・高でも似たような年齢構成だと想像できます。
これを見てみると,見事な逆三角形を描いている事がわかりますね
まるで,過疎地の限界集落のような人口ピラミッドが描かれています
いかにいびつな年齢構成なのかが,お解かりではないでしょうか・・・
当時でも,40歳以下の年齢層がほとんど居ません・・・(今の40歳代後半以下)
その後,大阪府の公立小学校採用でも,大量採用が増えてきたでしょうから,
今は,少し下の年齢層が増えて,砂時計のような形になっているのでしょう(離職率は高いと聞きますが・・・)。
今は,このグラフから8年以上も経っているので,最多年齢層が50~60歳になっているものと思います。
このような状態で,年功序列・終身雇用を維持していれば,厳しい財政となるのは,素人でも判断できます。
現に,大阪府立の公立学校では,橋下府政のもとで,現職教諭の給与大幅カットが決まったそうです。
一見,非情な判断のようですが,下の人口ピラミッドを見れば,多くの者は納得できるでしょう。