圓能院(川崎市川崎区) | ゆだぽんの♬虹色オーラ♬ブログ

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お寺や神社巡りで感じた事や、不思議な話・オーラについて…などなど書いています。

今日は、昨日ご紹介した日枝大神社のお向かいにあるこちらのお寺さんをご紹介いたします(^^)

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『金澤山 福泉寺 圓(円)能院』

真言宗智山派寺院
ご本尊  大日如来

玉川八十八ヶ所霊場第六番
東海三十三観音霊場六番
東国八十八か所霊場五番

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「新編武蔵風土記稿」によりますと、円能院と日枝大神社は村上天皇の御代天暦二年(948)の開創とあります。

寛永年間から寛文年間(1624~1673)にかけて辨修・辨正・辨祐・辨誉法印らが大いに法灯を輝かしました。

新堂建立に伴い、平成20年の仏像修理の際に、ご本尊大日如来像の胎内からは大日如来の造立に関する資料は発見されませんでしたが
「新造 阿弥陀如来尊像 慶長十一年(1606)九月ニ十三日願主 圓能院 辨秀」
という書面が納めてありました。

薬師如来立像の体内には
「享保八年(1723)九月二十七日 願主 秀慧」
と記してありました。
この中興開山と録されている秀慧法師の代には、本堂の建立並びに境内の整備を見るに至りました。

弘法大師・興教大師の体内には
「元文三年(1738)開眼供養」
と記された板が納められ、さらに賢礼・弘覚・快秀・辨龍・快悦・祐説法印と法脈を継ぎ、文政6年(1823)には、川崎大師平間寺から隆純法印(平間寺第36世)を迎えて寺門興隆が図られました。

円能院は、関東大震災及び戦災によって、山門以外の堂宇は鳥有に帰しましたが、第20世隆恩僧正の復興によって、本堂・大師堂・延命地蔵尊・水子地蔵尊像・不動堂・観音堂が造立されました

円能院墓地には、川崎地区で最も古い寛永13年(1636)に造られた(川崎郷土研究会認定)光性院賢海禅師地蔵像があります。

この「光性院賢海禅師地蔵像」は、旅の行者であった賢海禅師が、晩年に小田の地に往生するにあたり、穴の中で鉦(かね)をたたきながら念仏三昧に入りました。

「鉦の音が消えたな ら成仏した証拠であるから供養する者には願をかなえてやろう」

という遺言にしたがって地蔵尊像が建てられ、以降多くの信仰を集めてきました。


☆水子地蔵尊
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☆延命地蔵尊
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☆大師堂
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☆不動堂
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☆観音堂
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江戸時代、小田に住んでいた「太田やす」という女性が、はじめに圓能院に弘法大師像を奉納し、四国八十八ヶ所巡礼と西国・坂東・秩父の百ヶ所を巡ったと伝えられています。
当時、奉納者は主に男性で、女性は稀れであったといいます。

圓能院には文政6年(1823)、文政12年(1829)、天保2年(1831)の3回に わたって弘法大師像が奉納されています。

やすは亡き娘の菩提を弔い、供養のため諸国を巡拝したと伝えられ、四国八十八ヶ所霊場のそれぞれの弘法大師像の写しを小田村を中心とした八十八ヶ所に奉納しようとしましたが、志半ばで潰えてしまったといいます。

現在鶴見区から大田区にかけての寺院において28基までが確認されていて、圓能院以外にも小川町の教安寺(浄土宗)や堀之内町の幸福寺(天台宗)、本町の一行寺 (浄土宗)など、宗派をこえて弘法大師像の奉納が受け入れられており、やすの篤い信仰心に他宗のお坊様も強く心を動かされたものとみられています。


☆ご朱印
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ご朱印はご本尊様のものを拝受いたしました。
この他にも
玉川八十八ヶ所霊場第六番
東海三十三観音霊場六番
東国八十八か所霊場五番
のご朱印がいただけます。

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圓能院は以前KONISHIKIとのフライベントで踊ったことがあるお寺さんです(^^)

住職さんがとても明るい方で、美味しいお茶とお菓子をいただき感激でした


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お昼は川崎ラーメンシンフォニーの「百菜」さんで、野菜たっぷりタンメンをいただきました♬


余談ですが。。。
圓能院にお詣りした翌日の明け方に不思議な夢を見ました。
夢の中で私は不審者につきまとわれ、命の危険にさらされたのですが、目の前にドーンとお地蔵様が!そして平たいこん棒の姿に変化したんです。

え⁇これで不審者を叩けということ?
これで叩いたら死んじゃうよね?
正当防衛だからいいのかな?

なんて迷っていましたら、お地蔵様こん棒が自ら不審者に向かってぶつかっていき、弾け飛びました。その光がとても綺麗だった、という夢です。

よく分かりませんが、何か低級のものからお守りくださったことは確かです。

圓能院にはお地蔵様がお祀りされていますし、光性院賢海禅師地蔵像のエピソードも残されていますので、そちらのご縁ではないかなと思っております

ありがたいことでございますね