とても疲れた、という話(愚痴) | 英会話の勉強の記録

英会話の勉強の記録

英会話の勉強は停滞中です。

先日、とくに何もないけどとにかく疲れたなぁと思って何もかもが面倒になった。

別にメンタルは病んでない。ただ面倒になっただけだ。

とくに SNSが面倒になった。

正確にいうと、 SNSでのコミュニケーションが面倒になった。


そして私はコミュ障なんだな、と改めて実感した。


なぜなら、とくにキツイと感じたのが英語学習アプリで知り合ったコミュニティ内での英語(チャット)での交流だったからだ。

コミュニティのみんなは何も悪くない。彼らはあたたかく私を仲間に入れてくれた。(英語で)

初日から数日の間は、Google翻訳を駆使して積極的に会話をした。しかし、すぐに会話がきついと感じるようになった。それは英語だからではない。


英語だろうか日本語だろうが、どのみち私にはきつかったのだ。


よく知らない人たちとのコミュニケーションが、私を疲労させた。

ど田舎に越してくるまで、私はある程度コミュニケーション能力に自信があった。とくにチャットは好きだったので、どんな人ともチャットなら大丈夫だと思っていた。ネットで知り合い、友達と呼べる人もできた。


しかし近年、なかなかネットでも友達が出来にくくなった。古い友達との交流だけが残った。新しいコミュニティに踏み込めず、友人関係を築くことが困難になった。

世の中が変わったせいなのか、

私が年齢と共に変わったのか、


それとも、


私は、


もともと、


こうだったのか?


私はもともとこうだったんだと思う。

これまでは若さと精神的体力があったので、苦手なことに立ち向かうだけの気力があった。

それが歳と共に踏ん張りが効かなくなり、苦手なことを敬遠するようになっていったことに、自分でも気付かなかった。それが最近英語のコミュニティにいれてもらった事で、ようやく気づけたんだと思う。

私は人付き合いが苦手だということに。

なんなら根暗…🫩


気づいてしまったら余計踏ん張りが効かない。

もう疲れて疲れて仕方ない。

全部英語のせいにしようとしたけど、Google翻訳があるしな、英語だろうが日本語だろうが、コミュニケーションを取るのがキツイのだから、もうそれが分かってしまったのだから、分からなかった頃には戻れないんじゃないかな。


とりあえずコミュニティは脱退せず、お言葉に甘えて、居させてもらうことにした。

ただ、すこぶる会話の少ない人として存在し続けるだろう。


こうして自分の感情を文字にしてみると、気持ちの整理ができてきて、それもまた間違った対応だったように思う。


それで今思ったのが、私は結局、何も成せず、ただ死んでいくんだな、ということ。


昔々、知人に言われた

「おまえは何もできず、何事も成さず、ただ死んでいく」

という言葉が、呪いのように、私の心の奥底にわだかまっていて、たまに思い出しては苛立ちを感じていた。

その呪いの言葉が、呪いではなく予言だった。

いや、予言というほどたいそうなものではない。

私の人間性を正確に見抜かれていただけだ。

それもまた悔しい。会う事はないだろうけど、もし会ったら二、三発ぶん殴ってやりたい。


というふうに取り止めもなく書いていくとメンタル病んでる風で怖いけど、別に病んでない。


ただ、とても疲れたという愚痴を書き連ねている。


TOEIC受験に関しては、元同僚2人を巻き込んでいるので、やめられない。

というか、ここでやめてどうするw

せめてカタコトの英語が話せるぐらいになってからやめないと。

ビックリするかも知れないけど、まだ全然話せるようになっていない。


こんなに書いたのにな!



この続きはまた!