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5.3と4を乗り越えて自決を実行するための、心理的・精神的な準備と工夫。


念のため、復習しておく。
3.とは、本能からくる死への恐怖であり、
4.とは、社会規範で作られてしまった死や自決への悪いイメージ、である。

これらを打ち破り、恐怖を感じずに死を熟慮し、悪いイメージを持たずに死や自決をイメージすることは、
一般の人には、なかなか難しいことであろうと思う。
であるが、私はそれらに、挑戦してゆこうと思っている。


基本的な方法としては、日ごろから、
死とともに明るいイメージを思い描くように訓練し(良い意味で自分自身を洗脳し)、
自決をする場合も、その方法が確かに(肉体的にも精神的にも)苦痛がないと十分納得し、
これならやってもいいか、と思える状態にすることである。

前者の自分自身の「洗脳」には、後述の「新しい宗教」を作る必要性が
関係してくる。


後で詳しく述べるが、宗教といっても、いかがわしいものでも、カルトでもなく、
自分自身のための哲学体系という範囲のものである。
自分自身が自決をする時までに幸せに生きるための方法論であり、
また、それを自分のまわりの人に(邪魔をしない程度に)「理解してもらう」ことが
必要な場合も多いので、その程度の、自分と自分の周りの人々にとっての
「宗教」(自決をすることへの共通理解)ということである。


周りの人の理解が必要な理由は、ある種の特殊な死に方を選択しない限り、
一般に、自分が死んだ場合、遺体の処理、遺産の処理、遺物の処理、
その他、様々な銀行引き落としの停止、地方自治体への書類の提出など、
煩雑な作業が必要になる。
自分が死んだ場合、家族その他の知人に、あまり迷惑をかけたくない
と考える場合、上記の「小さい宗教」は、必要になることが多いと
考えている。


ともかく、この項の最初の部分に戻るが、
「自決を実行するための、心理的・精神的な準備と工夫」については、
普段から、「死をすることへの合理的な論理」を組み上げ、
自分が十分納得するまで何度も組み立てなおし、
ほぼ出来上がったと思ったら、それを自分自身にいい聞かせるように
「洗脳」する、ということになる。


これは、現代社会で、死や自決へのイメージがネガティブであるために
しかたなく行う洗脳であり、もしも、後述するように、
社会の認識が変わったり、「新しい宗教」(後述)が発生した場合は、
この「洗脳」の必要はなくなる。