8.7.のケースの対策はあるか?
で、これこそが、現在、普通の人(自決を考えもしない人)が、考えている(かもしれない)
自身が半身不随や痴呆等になったときの、晩年のすごし方である。
このため、これに陥った場合の考え方は、千差万別、百人百様であるため、
詳細の言及は避ける。
ただ、ここで、私の場合は「自我を消す」という方向で、
死ぬまでの時間を過ごしていこうかと思っていることを、軽く紹介しておく。
この「自我を消す」ことによる精神の開放というか、(老いさらばえていく)肉体からの開放の
必要性や方法については、長くなるので、また別項で述べることにする。
簡単にいうならば、自分が自分であることを、あまり重要だと思わず、
自分は、DNA(という生命のシステム)から生み出された、
一つの大きな「うねり」(海の波の中の1滴1滴の水滴たち)の中の一部であり、
私が私でも、あたなでも、テレビの中にいる誰かでも、
だれにでもなっていた可能性があった(水滴の一つだった)かもしれない
「群集のような生命体」だ、
と思い込んでしまう、という方法である。
まあ、ある種の哲学であり、宗教であり、
なにより「現実逃避」であるのだが、ことここにいたっては
(突然の半身不随になってしまった場合は)
いたしかたないと思っている。
ともかく、こうなってしまったら、一つの選択肢は、現実逃避である、と考えている。
(だが、それでも、元気よく、明るく、前向きに逃避しましょう。)