忘年会のシーズンですね。
知人・友人、親戚、会社の人やお得意さんと……。未だ続くコロナで、今年はどのくらい行われているのでしょうか。
ありがたいことに僕には1つも予定がありません(笑)。
勤め人やライターの仕事をしている時はいくつかの会に出ましたけど、その日が来るまで妙に重い気分で過ごしていたものです。宴席に着いてしまえばそれなりに楽しめないわけではないのですけど、僕は基本的に「グループ」が苦手なんですね。
そんな僕が今も忘れられない忘年会があります。
2008年の暮れに自分の意志で出席した、今のところ生涯最後となった年忘れ会でした。
取材を通して知り合った精神科医に、信州での森林療法に体験参加させてもらったことがあります。新宿を出発する観光バスに乗り込むと、隣席にちょっと恰幅のいい中年男性がいました。とても感じの良い人で、車内では楽しい時間が過ごせました。訊けば、精神世界をテーマに執筆する同業者で、聴き上手なのにも納得がいきました。
後日、彼か毎年行っていると言う忘年会へ誘われました。いつもだったら即やんわりお断わりの僕でしたけど、この時は自分の意志で参加することにしました。ヒーラーやカウンセラー、その手の出版社の人も来ると言うことで仕事欲しさの部分も多少はありました。でも何よりも行ってみよう! と珍しく思えたのです。
忘年会当日は彼を除けば、周りは知らない人ばかりでした。そこにいるのはほぼ毎年顔を合わせるメンバーのようです。
スタート間もなく、始まったのがお決まりの自己紹介です。初参加の人もいますから、相手を知るという点であるのが当然ですよね。でもこういうのがあるから、会は嫌だ! と思うほど僕は自己紹介が嫌いで苦手でもありました。
時間をかけて話したところで、いっしょの時間を長く過ごしたとしてもそう簡単には自分のことはわかってもらえません。他人のことはもっとわかりません。数分の語りで相手に自分を知ってもらう自己紹介は、僕にとってほとんど意味のないことの認識だったのです。
ここに集っているのは相手を受容するプロの人たちです。ならば、常識の枠を外してありのままやってみよう!
そう直感したのであろう僕は、起承転結の無い、訳の分からない自己紹介をしたと思います。
思いますと言うのは、話の中身の記憶が当時も今もほぼないからです。あるのは、ここでも自己紹介か! と感じたことと、何の組み立ても考えずに話し始めたことだけなのです。
しゃべっている自分さえも何を伝えようとしているのかわからない、メチャクチャな自己紹介を終えると、主催者の彼が「何を言っているのか、わからなかったと思いますけど」と笑いながら、ひとしきりしゃべり締めてくれました。そのお蔭もあったのか、僕はなんの気まずさも気兼ねもなく、その場で食べ、飲み、しゃべり笑いました。
そして僕は時間をかけて、あの日のメチャメチャな自己紹介の意味を理解していきます。
40代半ばを過ぎて、体験と知見から僕の心に生の本質や意味が次から次へと沁み込んできました。当時はおぼろげでも歳を重ねるにつれて明解になった、僕にとっての思考の1つが、
私はいない。
でした。自分でも意味不明だった自己紹介は「もともと存在していない“私“が、自分とはどんな人物かを語れはずがない」ということだったのです。
自己紹介をする場面がほとんどなかった僕が、支離滅裂な言葉を並べたあの夜。
彼を初め、15人ほどの出席者の誰1人も僕を変な目で見ることなく受け入れ、僕もなんも気にせずそこにいられたことが分岐点になりました。
その後ライターを辞め、フリーターとなったのは個人や肩書などの窮屈さから離れるためでもありました。もちろん、僕の実力と努力不足が招いた結果なんですけど(苦笑)。
人間界の何者でもない、本当は存在していない自分。
それが僕? です。
わかる人にはわかってもらえると思います(笑)。
ふんわり静かに・・・。