
ちょっと、古~い時代のことで、今とは事情が異なると思いますが、すこし持論を交えてお話します

前回ご紹介したマイク・ピカリングは、ファクトリーの後にダンス系レコード会社ディコンストラクション(Deconstruction、RCA傘下のレーベル)に移って、驚きの仕事をします。
あのメガヒット…これ、日本でもヒットしていたので、ご存じの方がたくさんいらっしゃると思います。
Black Box Ride on Time [ 1989 ] HD version
有名なお話ですが…この歌、プロモにでている女性は歌っていないのですよね。
ロレッタ・ハロウェイの“Love Sensation”をサンプリングしています。
マイク・ピカリングの経歴を検索していて気が付いたのですが、ブラック・ボックスはもともとイタリアの老舗イタロ・ディスコ系のレーベルに所属していました。
マイクが英国国内に流通させる版権を獲得して、世界的なヒットとなったようなのです。
どの国でどのレコード会社からリリースされていたのかを調べると、フランス、ドイツ等々のヨーロッパは個別に契約しているようなのですが、海を渡ったアメリカ、カナダ、オーストラリア、日本はDeconstruction/ RCA(日本だとBMGビクター)が権利を所得していたようです。
これは…とても意味のあることですよね、当時世界で一番のマーケットはアメリカ、その次が日本

アメリカでの版権が、そのまま日本でリリースする権利=売上になるということです。
そして、その後は、みなさんご存じのように、日本でも大ヒットになったのですよね。
90年代のディコンストラクションは、本当にメジャーヒットが多いので、特集してみます

Felix- Dont You Want Me (Original Mix) 1992
アートワークが極めてシンプルですね、これがディコンストラクションのロゴ

ピアノ、シンセ、ベースライン…同じリフの繰り返し、曲のタイトルを呟くような、シンプルなフレーズ…
92年にヨーロッパ各国でヒットしていた…と思って、Wikiで調べたら、アメリカのビルボードのダンスチャートで1位だって

正直な感想ですが、すごく儲かったのだろうな…と思います

Kylie Minogue - Confide In Me
94年にカイリーがディコンストラクションに移籍してリリースしたアルバム「カイリー・ミノーグ」

このシングルを初めて聴いたときに、すこし驚いたのですよね。
だって、どう考えてもカイリーっぽいユーロビートではなく、どちらかというと、当時ブリストル方面から話題になっていたダンスミュージック(当時はトリップ・ホップと呼ばれていた)エレクトロニカの原型みたいな印象?すこし、こういう感じの流行はありました。
商業的には、いまひとつ…な印象でしたが、アーティスティックなチャレンジ精神に脱帽

Robert Miles - Children
この曲も、95年にヨーロッパ10か国のナショナルチャートで1位を獲得

ディコンストラクションが権利を所得していたのは、アメリカ、イギリス、オーストラリア…ですが、
UKチャートでも2位というのも、1位と同じくらい…すごい

歌詞がないので、ドイツとか、そのあたりのトランス(ジャーマントランスは、歌の無いものが多かったので)なのかな?と思ったけど、これもイタリア発の曲…今聴いてみると、たしかに哀愁のイタロ風な感じの曲調です

ここからは、CD屋のビジネス的なお話になってしまうのですが…

当時アーティストがメジャー傘下のレーベルと契約できるか否かは、大きな違いがあったと思います。
ダンス系のアーティストはマイナーが多いけど、簡単な言い方をすると、クラブ以外でのマーケットに乗れる…大手の流通に入れる、ということです。
日本の場合だと、国内盤がリリースされて洋楽雑誌で広告を載せてもらい、洋楽というジャンルにはいれるかどうか…
ここですこし、メジャーとマイナーのお話をします…もう、ご存じの方もたくさんいらっしゃるでしょうし、なにせ、20年近く前の情報なので、今と違うことがあると思いますが、90年代のCDの流通事情なんかを、お話してみようと思います。
アーティストが所属するレコード会社は、大手流通を担うメジャー(ソニー、ポリドール、ワーナーなど各国に拠点を置き国際的な流通網を持つ)と、ある一定の地域にしか会社が存在せず国際的なノウハウを持たないマイナーがありました。
この人たちで説明するとわかりやすい

ザ・スミス/スミス

¥1,835
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ザ・スミスのファースト「The Smiths」、これはワーナーからの日本盤CD。
もともとはレコードで、ロンドンにあるレコード店ラフ・トレードからリリースされていました。
イギリス国内では、メジャー傘下ではないレコード会社=インディーズで流通、その後、アメリカではSire Records(マドンナなどの成功で知られるワーナーを親会社に持つレーベル)と契約したようです。
アメリカでは商業的には不成功のようでしたが、日本では、みなさんご存じの通り…ですよね。
その後、再評価を含めて世界的な成功をおさめています。
日本では…調べてみたら、初期は徳間ジャパンからでていたようです。高校生の時に、日本盤LPをもっている友人に借りた思い出があります

ここで面白いのは、フランスではVirgin Records(EMI傘下のレーベル)と契約をしていて、わたしが仕事をしていた時には「フランス盤が欲しいのですが…」と訊かれたことがありました。
このように、ザ・スミスはアメリカで大手のレコード会社と契約を結べた…ということは、国際的な(特に日本)でのセールスでの成功には大きな要因…だったのでしょうね。
多くのインディー系のバンドが自国のみのリリースに留まっていた90年代以前、アーティストがメジャーの流通に乗れるか否かは、その後のビジネス的な成功を左右する大きな出来事なのです。
わたしも、仕事をするまで、知りませんでした。
なので、マイク・ピカリングがブラック・ボックスを発掘したのには、すごい意味があるのですよね

なにせ、イタリア国内&ヨーロッパの一部だけのヒットか、ワールド・ワイドな成功を収めるのか…
逆な言い方をすれば、レコード会社の流通の仕組みで、埋もれてしまったアーティストもたくさんいるのですよね。
このような流れ?の中で、お店では、日本盤の出ていないアーティスト特集なんかを組みました。
メジャー以外にも取り扱うタイトルを増やして、需要の掘り起こし…とうい感じなのかな?
当店に続いて…輸入盤を扱うお店も増えていましたし

あえて、入らないことを売りにしているジャンル(渋谷系やUK/USインディーズ)もありましたが、
やはり、漢字の’洋楽’というジャンルに入れないのは、特定の地域にしか商品を置けないので、セールスを見込めないというか…
この時代、アナログからデジタルへの移行期でしたね

明らかにCDの輸送のほうが、LPよりも簡単ですし、CDの方がコンパクトなので、同じスペースにたくさん置けるようになって、タイトルを増やすことができた…音楽の売れ方も変わったのだと思います。
音楽(おもに輸入のCD)のアーティストの売れ方というのは、それまでのレコード時代とは、すこし違うと思うのですよ。
なんだか、理屈っぽいお話になってしまいましたが…

店で特定のアーティストが売れていく様をひたすら見続けていた時代に、いろいろと考えさせられてしまって…すっかり、音楽関係のことは探求して考えてしまう癖が、できあがってしまったのだと思います。
長~いお話に、お付き合いいただきまして、ありがとうございました

すっかり、夜が更けているようなので、眠ります

おやすみなさい




