「寝て下さい」と言われても、
前日のようにウトウトする余裕はなかった。
痛みから気を逸らすにも、全身全霊のエネルギーを使う。
助産師さんから教わったように、フーと細く長く息を吐き出して、
とにかく痛みが過ぎていくのを待つ。
一息ついて、また次の痛みに備える。
その繰り返し。
陣痛の波はあとからあとから押し寄せてきた。
気晴らしに、ケータイでFMを聴こうとか、
ブログネタでも書こうとか考えていたが、
手を伸ばす気も起きなかった。
体を動かせば、抑えていた吐き気が強まりそうだった。
そのうち、じっとしてても吐き気が強まってきて、
「えい」と体を起こして、用意していた、吐く用の入れ物に吐いた。
もう何も出てこなかったけど、
「やっぱり吐くなら、うまいものもっと食べておくんだった・・・」と思った。
お腹は減らなかったけど。
とても喉がかわいた。
手をのばせば届く位置にペットボトルはあった。
でも、どうしても手を伸ばせなかった。
痛みをやり過ごしていると、
水を飲む暇がないのだ。
「吐いたんだから、水分補給しないと・・・」
と思いながら、何時間も水を眺めて過ごした。
もう少し我慢できる・・・もう少し・・・。
その我慢ができるなら、
痛みを我慢して水を飲めばいいのに、
そっちのほうの余裕はなかった。
夜中の2時か3時くらいか、
ようやく喉の渇きが勝って、手にとった。
でも、力が入らなくて、自力ではフタを開けられなかった。
申し訳ないと思いながら、ナースコールしてしまった。
看護師さんがなんなくあけてるのをみると、
フタは最初からあいていたみたいだった。
ちょっとだけきつくしまっていただけなのかもしれない。
体力が落ちてるんだな、少しでも寝ておいたほうがいいのは、
本当なんだなと、思った。
もう温くなっていたけど、喉が潤い、生き返る気がした。
しばらくすると、陣痛はさらに進んで、
より強い痛みに上っていく。
「これが今までで最高に強い痛み」と思うけれど、
そのうちさらに「それ以上の強い痛み」が現れる。
吐き気はもう来なかったけど、呼吸が整わずに
何度か呼吸困難になりかけた。
アレ?
息ってどうやってするんだっけ?
慌ててナースコール探した。
苦しい…ヤバいかも~。
ゼエゼエ…。
実は、「過去に喘息をやったことがある妊婦さんは、
陣痛の時に発作が起きる人もいるからね」と注意されていた。
「発作の時に、使ってもいい薬を手元に置いておいてね」
でも、喘息なんて十年以上発作は起きてないんだし、
と高をくくってたけど、さすがに呼吸しずらくなって、
少し焦った。
まあ発作まではいかなかったのは良かった。
次は本当に手元に薬を用意しようと思った。
助産師さんに手を握ってもらって、
「『フー』って細く息を吐いて下さい」
と、一緒に息を合わせ、「フーフー」言いながら、ようやく息を整えることができた。
そうして陣痛室の夜は更けていく。
赤ちゃんの心音を聞いていた装置は、
とっくに外されてしまっていた。
暗い病室でひとりで陣痛を耐えるというのは、
私のバースプランにはまったくないことだった。
入院からずーっと夫さんにつきそってもらって、
やることなくても十何時間も付き合ってもらうんだと、思っていた。
予想外だった。
こうなった以上、そんなことは、どうでも良かったけど。
とにかく、この痛みをやり過ごさなければ。
一つ一つの波を、何事もなくやりすごしていくだけ。
呼吸を細く長く。
ただそれだけで精一杯だった。
この間、私の頭の中では、
ロードオブメジャーの「さらば碧き面影」が
エンドレスでガンガンに流れていた。
正月にアニメ「メジャー」を見てから、
この曲を聞けば吾郎君のスペシャルポジティブな精神が私にも蘇るのだった。
♪壊れそうな僕の心 優しく包み込んで~
♪君は笑う まだまだ諦めるには 早いよと~
3分40秒の歌が、8時間くらい頭の中で響き続けていたから、
私のメジャー熱もたいしたものだ・・・。