まず、この本の著者である星野道夫さんに哀悼の意を表します。
この本との出会いは、先週でした。
わたしは、欲望のままに本を買ってしまうとあっという間に部屋を本だらけにしているので
新刊で買う本は、1ヶ月に1冊と決めています。
それ以外の本は、図書館で借りることにしています。
なので、「今月の本」と思い買った本が「旅をする木」でした。
星野道夫さんはそこではじめて知ったと思っていたのですが、どうやら中学でも読んでいたようです。(「アラスカとの出会い」)
ものすごく好きな文だったのですが、当時も大好きな文章だったことを読み終わった今、思い出しました。そして、ものすごくよい筆者さんだと思っていたのですが、すでにお亡くなりになっていることを知り、今喪失感を感じています。できればもっとこの本に出会いたかったです。
さて、本の内容ですが、この本は26歳で単身アラスカに行き、そこでいろいろな人と出会いながら現地の自然の写真を撮った星野道夫さんの手記のような本です。
この本の中にも、素敵な言葉がちりばめられていました。
「人間の気持ちとは可笑しいものですね。どうしようもなく些細な日常に左右されていく一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。人の心は、深くてそして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう。」(12頁)
「秋は、こんなに美しいのに、なぜか人の気持ちを焦らせます。短い極北の夏があっという間に過ぎ去ってしまったからでしょうか。それとも、長く暗い冬がもうすぐそこまで来ているからでしょうか。初雪さえ降ってしまえば覚悟はでき、もう気持ちは落ち着くというのに・・・・・・そしてぼくは、そんな秋の気配が好きです。」(28頁)
季節の移り変わりを感じることが、わたしは大好きです。
桜が満開になる春。若い草の匂いにむせかえりそうになる初夏。じりじり暑い夏。いろいろな赤に染まる秋。そして、キンキンに空気が冷える冬。
その一時一時を、大切に過ごしたいと考えています。
「日々生きるということは、あたりまえのことではなくて、実は奇跡的なことのような気がします。」(33頁)
「ツンドラに散らばる赤錆びた高射砲、砂浜に座礁した巡洋艦、海の特攻隊だった特殊潜水艇・・・・・・帰りの燃料をもたぬ、魚雷を積んでぶつかるだけの二人乗りの潜水艦である。
「今日、アメリカの人に言われました。日本人は命を粗末にしすぎる。もっと大切にしなければならないと・・・・・・」」(147頁)
日本人の性なのでしょうか。
大きなものに巻き込まれたときに、じぶんの命を守ることよりも違うものを優先してしまうことがあるように思います。
それは、やはり「個」としてではなく、「全体のなかの1つ」として自分を見てしまうからなのでしょうか。
「しかし世界の広さを知ったことは、自分を解放し、気持ちをホッとさせた。ぼくが暮らしているここだけが世界ではない。さまざまな人々が、それぞれの価値観をもち、遠い異国で自分と同じ一生を生きている。」(168頁)
自分の知っている世界を広げていくことは、人生の中でとても大きなことなのかもしれないです。
普段、私たちは固定化されたテリトリーの中で暮らしています。ともすれば、大人でもその世界がすべてだと勘違いをしてしまうこともあるでしょう。
「馴れ」は本当に怖いことだと思います。心の中で「違う」と思っていても、馴れてしまえばそれが常識になります。本当は、もっと大きい目で見れば非常識なことがたくさんあるかもしれないのに、慣れが私たちの目を曇らせてしまうのかもしれないのです。
「結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。」(231頁)
どこかで読んだ本の受け売りですが、私たちの悩みのほとんどは「今」のことではないそうです。ほとんどが起きてしまった「過去」や、まだ来ていない「未来」のことなのだそうです。
だけれど、本当に大切なものは「今」なのだそうです。
星野さんの本を読んでいると、私たちが「便利さ」の代わりに忘れてきた、大切ななにかを見つけられるような気がします。
この本が、誰かにとっての大切な1冊になりますように☆ミ
旅をする木 (文春文庫)
旅をする木 (文春文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/4167515024/ref=cm_sw_r_taa_6GDlybNXHCV59
この本との出会いは、先週でした。
わたしは、欲望のままに本を買ってしまうとあっという間に部屋を本だらけにしているので
新刊で買う本は、1ヶ月に1冊と決めています。
それ以外の本は、図書館で借りることにしています。
なので、「今月の本」と思い買った本が「旅をする木」でした。
星野道夫さんはそこではじめて知ったと思っていたのですが、どうやら中学でも読んでいたようです。(「アラスカとの出会い」)
ものすごく好きな文だったのですが、当時も大好きな文章だったことを読み終わった今、思い出しました。そして、ものすごくよい筆者さんだと思っていたのですが、すでにお亡くなりになっていることを知り、今喪失感を感じています。できればもっとこの本に出会いたかったです。
さて、本の内容ですが、この本は26歳で単身アラスカに行き、そこでいろいろな人と出会いながら現地の自然の写真を撮った星野道夫さんの手記のような本です。
この本の中にも、素敵な言葉がちりばめられていました。
「人間の気持ちとは可笑しいものですね。どうしようもなく些細な日常に左右されていく一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。人の心は、深くてそして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう。」(12頁)
「秋は、こんなに美しいのに、なぜか人の気持ちを焦らせます。短い極北の夏があっという間に過ぎ去ってしまったからでしょうか。それとも、長く暗い冬がもうすぐそこまで来ているからでしょうか。初雪さえ降ってしまえば覚悟はでき、もう気持ちは落ち着くというのに・・・・・・そしてぼくは、そんな秋の気配が好きです。」(28頁)
季節の移り変わりを感じることが、わたしは大好きです。
桜が満開になる春。若い草の匂いにむせかえりそうになる初夏。じりじり暑い夏。いろいろな赤に染まる秋。そして、キンキンに空気が冷える冬。
その一時一時を、大切に過ごしたいと考えています。
「日々生きるということは、あたりまえのことではなくて、実は奇跡的なことのような気がします。」(33頁)
「ツンドラに散らばる赤錆びた高射砲、砂浜に座礁した巡洋艦、海の特攻隊だった特殊潜水艇・・・・・・帰りの燃料をもたぬ、魚雷を積んでぶつかるだけの二人乗りの潜水艦である。
「今日、アメリカの人に言われました。日本人は命を粗末にしすぎる。もっと大切にしなければならないと・・・・・・」」(147頁)
日本人の性なのでしょうか。
大きなものに巻き込まれたときに、じぶんの命を守ることよりも違うものを優先してしまうことがあるように思います。
それは、やはり「個」としてではなく、「全体のなかの1つ」として自分を見てしまうからなのでしょうか。
「しかし世界の広さを知ったことは、自分を解放し、気持ちをホッとさせた。ぼくが暮らしているここだけが世界ではない。さまざまな人々が、それぞれの価値観をもち、遠い異国で自分と同じ一生を生きている。」(168頁)
自分の知っている世界を広げていくことは、人生の中でとても大きなことなのかもしれないです。
普段、私たちは固定化されたテリトリーの中で暮らしています。ともすれば、大人でもその世界がすべてだと勘違いをしてしまうこともあるでしょう。
「馴れ」は本当に怖いことだと思います。心の中で「違う」と思っていても、馴れてしまえばそれが常識になります。本当は、もっと大きい目で見れば非常識なことがたくさんあるかもしれないのに、慣れが私たちの目を曇らせてしまうのかもしれないのです。
「結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。」(231頁)
どこかで読んだ本の受け売りですが、私たちの悩みのほとんどは「今」のことではないそうです。ほとんどが起きてしまった「過去」や、まだ来ていない「未来」のことなのだそうです。
だけれど、本当に大切なものは「今」なのだそうです。
星野さんの本を読んでいると、私たちが「便利さ」の代わりに忘れてきた、大切ななにかを見つけられるような気がします。
この本が、誰かにとっての大切な1冊になりますように☆ミ
旅をする木 (文春文庫)
旅をする木 (文春文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/4167515024/ref=cm_sw_r_taa_6GDlybNXHCV59