昨日できなかった、新・バスケ偉大な五十人 | NOstopエンタテイメント

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すいません!


この前の日曜日、パソコンがイカレテできないままで終わりました。


仕切りなおして、「新・バスケ偉大な五十人」行ってみましょう。












今回の偉大なバスケットプレイヤーは……



トレイシー・マグレディ選手



です。










ヒューストン・ロケッツに所属、ポジションはSG(シューティングガード)。


背番号は1、身長2m3cm、体重95kg。


愛称は「T-MaC」。









1997年、ドラフト全体指名で9番目に選ばれる。


最初に入団したチームはトロント・ラプターズであり、そこにはヴィンス・カーターという銘打てのハイフライヤーがいた。


ヴィンス・カーターとは従兄弟同士の仲らしい


当時は彼らがマイケル・ジョーダンとスコッティ・ピッペンのようなコンビになると噂したらしい





しかし、マグレディはそれを望んでいなかった。


彼はエースとしてのプレイを望み、2001年にはオーランド・マジックに入団する。


2001-2002年シーズンの彼は爆発的なプレイを飾り、

最も成長した選手に贈られるMIP(Most Improved Player)を受賞する。


私自身も、この年のマグレディは最高のプレイをして見せたと思う。


2002-2003シーズンは1試合平均32.1得点の成績で得点王、その翌年2003-2004シーズンも1試合平均28得点で得点王のタイトルを2年連続で獲得した。


2004年3月10日、対ワシントン・ウィザーズ戦で、彼のNBAシーズン最高記録となる62得点を挙げる活躍を果たす。

彼の望みは、叶ったと言っていいだろう。







しかし、劇的な活躍をした2004年6月、マグレディはヒューストン・ロケッツへトレードされることとなった。

ロケッツではすでにスター選手になろうとしていた、現NBAで最も背が高い選手のヤオ・ミン選手との二枚看板が注目された。

が、2005-2006シーズンはマグレディは腰痛のため35試合に欠場。

その腰痛は慢性化したらしく、元のプレイを取り戻すことは不可能となった。

しかし、彼は裏方に回るなどして、活躍の幅を広げていった。









彼のプレイスタイルは、千変万化と言っていいだろう。

3ポイントシュート、ドリブル、パス、スティール。

どれをとっても最高峰のプレイができる、センター以外ならナンデモできると言ってもいいだろう。

そして土壇場での勝負強さを持ったクラッチシューターでもある

彼を語る上で忘れてはならないのは2004年12月9日対サンアントニオ・スパーズ戦である。

残り35秒、観客誰もが負けを感じ、アリーナから帰っていくそのときである。

きっかけは35秒近くにはなった、一つの3ポイントシュートである。

打点が高く、弾道が低いシュートは切れの良い音を立て決まった。

その後スティールを成功し、すぐに3ポイントを放つ。

それも見事に成功した。

そしてスパーズのオフェンス。

ハーフコートまでボールをはこぼうとしていたとき、マグレディの鋭いスティールがボールを奪った。

ちょうどティム・ダンカンがマグレディのスリーをブロックに行った。

審判がスリーだと告げる。

そしてその後にダンカンのファウルだと、審判は告げる。

審判がそう宣言した後、マグレディの放ったスリーは決まった。

会場中が、歓喜に沸いた。

残り8秒、ハーフコートまでスパーズはボールを運んだが、マタもマグレディがスティール。

二人がディフェンスにつく中、お構い無しに3ポイントを放つ。

そのスリーは、綺麗に決まり、逆転に成功する。

そのまま時間はタイムアップ、見事ロケッツが勝利を果たした。

どうでしたでしょうか?

今回の二人目はロケッツから、トレイシー・マグレディでした。

では次回、マイアミ・ヒートから愛称「ホワイト・チョコレート」なる人物を紹介しましょう。

それでは、

バイバイ、グッバイ