英語で喉仏のこと。
日本語ではアダムのりんご
アダムが善悪というりんごを食べてから私達が住む世界には善と悪という概念が生まれた
それ以来、人は混沌とした世界をさ迷い悩めるものとなった。
そもそも善と悪なんて概念はなかった
そんな境などなく愛に溢れていた時代があったらしい
善と悪という概念がカルマとなり人を何世代にも渡り苦しめている
108つの煩悩があるから
人は乱れる
何言いたいんだか
率直に言うと人生簡単には自分の思うとおりにいかない
なぜなら上記のしがらみがあるから
この世に生がある間に思いっきり
好きなことをして
好きな人に会い
好きなものを食べ
好きなように振る舞いたい
何も気にせず
気にするというのは
世間体
世間体の基準は善と悪
その基準も人それぞれで
気にしていたら
結局自分は何も出来なくなる
檻の中に閉じ込められたように
ケージ飼いされた卵をうまされるだけの鶏のように
そして
その鶏はどこにも逃げることも出来ず
逃げ出す力も既に奪われており
そこで一生を暮らすことを何と無く感じて虚しくはかない人生の終末を迎える
生きるチカラさえ希望さえあれば
報われることもある
生きるチカラと希望さえあれば
闇の中の光を信じていれば
必ず
月の光はまるで
闇の中を丸く切り取ったようで
このはかない世の中の象徴かのように
闇の向こう側には光が溢れていることを教えてくれているようだ
いつ死んでもおかしくない、この時代に生きる術はただ自分自身がその闇の中の光を信じるかどうか
なんてことを言いたかったのか
は分からないけど
今日は少し酔っ払った
家に届いた亡き友人の姉からの贈り物を見て思いふけってしまった
人間は分かり合えない生き物
仕方ないこと
だからこそ尊重しあって
生きなければ
自分を基準に考えることで
コミュニケーションは上手くいかなくなる
自分と相手は生きてる世界が違うことを
認知する
相手にとって私はたくさんいる出演者の1人
私にとってもそう
でも同じ舞台に立てる事が出来た一瞬を尊重したい
一生に何千人の人と会うのかと考えたとき
やっぱり、その中でも自分が自分で居られる心地良さを与えてくれるよな思い出さしてくれるよな人とはまた何度でも共演し続けたい
その大切さを思い出させてくれた友人に感謝
生きることに疲れてしまうのは
善と悪の概念に翻弄され
煩悩に惑わされるから
善と悪もなくニュートラルな状態で
ただ今与えられた生を一生懸命生きる
自分に疲れたのなら
世界の為に貢献できるように生きてみること
誰かの為に生きることは自分の為に生きるよりもチカラがらでることがある
殺しあうよりも愛しあおう

