70年代おやぢのつぶやき -8ページ目

70年代おやぢのつぶやき

リアルタイムに70年代を過ごしていまでも心に残ってる出来事や音楽、映画等を書いてみます。

高校に入学して、1ヶ月ほど経ったある日に各部活を見て回れるオリエンテーションの1日があった。

私はもちろん軽音の教室に真っ先に行った。


なんとそこにはマーシャルの3段積みとギブソンのSGスペシャル(シングルコイルのP90ピックアップ)が・・・

72年当時楽器屋でしか見たことのない代物であった。

「げっ・・・」
その持ち主が登場しクリームの曲(なんだったかは覚えていない)を演奏し始めた。
「げげっ!!」
クリームのフェアウェルコンサートでのクラプトンよりも圧倒的な衝撃を受け、その日は軽音の教室から出ることが出来なかった。

3年生のそのギタリストは、大きな振りのコードストロークのまま驚くべきスピード感でソロも弾いていた。
当時17歳の高橋マコト(もんた&ブラザース、トリプル・ダイアモンド、ブルース・ボーイズ116・・・)であった。

その日から彼は私のギター・ヒーローになった。
後で知ったのだが、その頃からすでにプロとして仕事をしていたらしい。

20歳の頃、一緒にバンドをやらせてもらっていたが、その時に覚えたことは私のギタリストとしての宝と言っても過言ではない。

今でもたまにセッションするけど、嬉しくて楽しくて堪らない。
いつまでもマコトを追いかけて行くんだろうなぁ・・・
普段使わない「ですます」調はなんかしっくり来ないのでやめます(笑)

Zepをリアルタイムで聴いたのは2枚目からだった。
これも友達の家で聴いたのだが、のっけの「Whole Lotta Love」でまたしてもぶっ飛ばされて(笑)
「Lemon song」「Heartbreaker」「Moby dick」と今でも愛聴盤の1枚になっている。

Zepの魅力はボンゾとジョンジーのリズムセクションのカッコ良さだろう。

もちろんロバート・プラントの歌も型破りで上手いし、ジミー・ペイジもリフ作りの天才であるけれど、ボンゾとジョンジーがいなければその魅力も引き出されなかっただろう。

近年、DVDで70年頃のライブ映像が観られるが、ジョンジーの上手さにびっくりさせられる。

一説にはペイジの出したアイデアを曲にまとめていたのはジョンジーだったと言われているのも頷ける。

ボンゾに関してはもう「すげぇ」としか言いようがない。
あの重たさの中に細かい16ビートのいわゆる「ゴーストノート」を感じる。
ライブなどは当時3時間とか当たり前で、身体中使ったドラミングを毎日のようにやっていたのだろう。

それまでのブリティッシュ・ブルース・ロックに革命を起こした奇跡のバンドという事に反対する人はすくないんじゃないだろうか。
ジミ・ヘンドリックスと並び、魂のこもった圧倒的な歌唱力と特徴のある歌声により、1960年代を代表する歌手として活躍しました。また、死してなおロックの歴史を代表するシンガーとして、2011年現在に至るまで人気を博しています。

しかし、レコードセールスはいまいちだったようで、死後に発表された「パール」が最高の売り上げでした。

映像もジミのように多くは残されておらず、いくつかのフェスティバルやTVショウの映像しか残ってないようです。

単独でのコンサート映像を探しても見つかりません。

映画『フェスティバル・エクスプレス』として公開されたものではチャーターした列車「フェスティバル・エクスプレス」でザ・バンドやグレイトフル・デッド、バディ・ガイ等が同乗したカナダ横断の豪華なツアーでした。列車内で昼夜問わずセッションが行われたり、途中で酒がなくなりカンパを募って買い出しに停車したりと面白いドキュメンタリー映画になっています。

ベトナム戦争に関与していなかったカナダツアーということもあり、ウッドストックでの表情とは違うリラックスしたミュージシャンの顏が見られます。

1970年10月4日、27歳で亡くなりますが、同年の9月18日に同じく27歳でジミが亡くなっているのは偶然なのでしょうか・・・