こんにちは。
昨日ブログに書いた焼肉ランチの日、その前に立ち寄ったのは生田緑地。
初めて行ってみました。
ゴールデンウィーク初日、4月27日(土)のことです。
この日は曇りで肌寒かった1日。
家を出た時には「スーパーへ買い物へ」のつもりだったから、若干うす着だった私たち

それでも、ドライブしながらたまたまGoogleマップで見つけたここがすいていたので、そのまま入ってみました。
駐車場代が安かったのと(1時間200円、その後30分ごとに+100円)、公園の散策自体は無料でできるので。
敷地内に入るとすぐのところで、この日はJAによる園芸まつりが開催されていました。
花や野菜の苗が売られていたり、食べ物の屋台が出ていたり。
この生田緑地の中にはいろんな施設があり、
その中でも気になったのは「川崎市立日本民家園」。
江戸時代の古民家を移築した野外博物館だそうで、25軒もの文化財建造物が展示してあるそうです。
事前情報では、その中に美味しい蕎麦屋さんがあるとのことでしたが、残念ながら現在は改装のため休業中。
日本民家園の入場料は大人1人500円ということもあり、今回はやめておきました。←相変わらずのケチ夫婦
ちなみに、日本民家園にはおそらく写生に来たであろう中高年の御一行様が続々と入って行かれました。
さて、とりあえずぶらぶら散策していると、広場にたどり着きました。
プラネタリウムもある「かわさき宙(そら)と緑の科学館」がある場所です。
(プラネタリウムは大人1人400円、ここも行きませんでした)
広場にはSLが展示されていました。
他にも、ブルートレインの客車も展示されていて、それは中にも入れるようでした。

30分も滞在しませんでしたが、緑の中でリフレッシュできました

蕎麦屋さんが再開したら、古民家を見に行こうかな。
生田緑地にはその他に、岡本太郎美術館や、藤子・F・不二雄ミュージアムもあるそうです。
詳しくは公式サイトをご覧ください↓↓
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最近、ブロ友さんの間でも話題に上る介護問題。
苦労されている方も多いと思います。
親の介護問題に関わりだすのは、50代くらいからでしょうか。
我が家の場合、
私はまだ40代ですが、フン太がまさに50代。
フン太には6歳ほど離れたお兄さんがいることもあり、親の年齢は
父:90すぎ 母:80代半ば
父(私にとっては舅)は年相応な状態ですが、母(姑)はバリバリの認知症。
父は要介護2ですが、母はこの春に要介護3になりました。
母は、杖歩行なれど、排泄はなんとか自分でできるし、いちおう持病もなく、主に認知症で要介護3までいったという感じです。
1年ほど前からは会話のバリエーションが限られたものになり、それもだんだん少なくなっています。
昨日、様子を見に行ったフン太によると、ソファでまどろみながら言葉にならない言葉をつぶやいていたとか。
そんな状態でも、母は自分がお父さん(自分の夫のこと)の世話をしていると思っているらしく…
でも実際は父がご飯を炊いたりおかずを出したり皿を(簡単ですが)洗ったり。(もう調理はしていません。温めるだけ)
何度も繰り返される話に時にはうんざりしながらも、「寒くない?」と優しく母へ声をかける父。
果物を母へ食べさせてあげる父。
もうその姿に私やヘルパーさんは感動しきりです。
そんな義両親ですが、まだ2人での生活を維持しています。
そのために週5日(平日)、外部のサービスを利用中。
①訪問看護(2日)による健康チェック・入浴、
②ヘルパー(2日)による掃除・洗濯・調理、
③ヘルパー(2日)による健康チェック(簡単な体操とか)・調理
以上に加え、
④配食サービスによる週7日の夕食(おかずのみ)宅配
半年ほど前までは、週2日、午前中だけのデイサービス(機能訓練メイン)に夫婦で通っていたのですが、様々な事情により中止。
紆余曲折を経て、その代わりに③を増やしたわけです。
本当は外へ出る機会を作ってあげたほうがよいのでしょうが…
月1回、認知症外来へ行くのも嫌がる母
(今月もぶっちぎった
)


週5日は外部の人が家に入る状況。
当人たちはなんとか拒否なく受け入れてくれていますが(お父さんが理解してくれてるおかげ)、
それでも母にとってはまぁまぁストレスだろうということで、土日は2人の時間を。
そこにフン太や私、フン太兄などが様子を見に行ったりしているわけです。
さらにフン太は、
ヘルパーさんに調理してもらうための食材を買い出しして冷蔵庫に入れたり、
生協で届いた食品や日用品を届けたりしています。
(そこをたまに私が手伝ったりしている)
ヘルパーさんが来ている時間帯に届けに行くと、ヘルパーさんと情報交換できたりするので、私も休みが合えば覗きに行きます。
もう、日によっては息子(フン太)のこともわからなくなっている母。
当然、私は毎回「フン太さんの嫁ですよ~」と自己紹介から入ります(笑)
それでも自分の夫のことはまったく忘れない母。
やっぱり1番長く一緒に過ごしてきたからでしょうか。
もう父への依存がすごい。(tomoさんところだけじゃないですよ!)
父がトイレに行き姿が見えなくなると、
「お父さんどこ行った?」と探し始めます。
だからどこか施設へ母だけ入れるのは(今は)難しいだろうという状況です。
(でも、来るべき時に備え、半年ほど前から施設探しは行っています。見学も何箇所か行きました)
そうそう、先日、母の妹が何年かぶりに会いに来てくれたそうですが(フン太が立ち会った)、
母は実の妹の顔がわからず(妹の存在は覚えているが、目の前の人物と結びつかない状態)、
妹さん(私にとっては叔母)が帰るまで、とうとう理解できずじまいだったそうです。
本当にせつない話です。
叔母も体調が悪かったため、なかなか会いに来れなかったこともありますが…
それでももっと早く来れなかったことを悔やんでいたようです。
(電話では直接話していたんですけどね。その時からすでに怪しかったけど
)

そのような状態でも、少しでも長く自宅で生活できるといいのかな…と思いながら、
周りでサポートしてくださる方々に感謝しながら、
そして大変だろうけど明るく笑い飛ばしながら関わるフン太をすごいな…と思いながら、
両親を見守っている今日この頃です。
ではまた。