火曜日、残業もなく、寄り道もせず、真面目に早めに帰宅すると、キッチンに姑が立っていた。

そのこと自体は珍しくなく、私も自室に鞄等を置いて手伝おう、でもその前にちょっとうさぎに「ただいま」をしよう、としていると、姑が怒濤の勢いで話しかけてきた。

要約すると、
・自分は今帰ってきたところである。
・自分は今夜、納豆を食べ等と思っている。
・自分は食べられないが、あなたたちのためにショウガ焼きを作ろうとしている。
・今、そのための肉とタマネギを、バットで調味料に浸しているが、味の具合が分からないから見てみて欲しい。
・焼き具合も分からないので、焼いてくれ。

ということだった。
彼女特有のせかせか風に急かされ、うっかり生肉の味見をさせられるのかと思ったけれど、さすがにそれは回避。すぐに戻るからと、2階に上がり、鞄を置き、邪魔な髪を留め、カーテンを閉め周り、した。

その間、考えていたのは、「ここがチャンスなのか?」ということ。


どんな風に伝えたらいいのか分からないけれど、無駄に緊張をしながら、キッチンに向かいました。


姑は、「疲れているのに、急かしちゃってごめんねぇ」と私を迎え、私は「いえいえ」と手を洗い、大人しく、肉を焼いた。ついでに、ショウガを足した。


まだ同居を初めて1年も経っていけないけど、私は姑に、「1年間、献立を考えるの、大変だったでしょ?」と切り出した。
「味付けが不安だって思いながら、こうやって肉料理とか、作ってくれるの、プレッシャーだったと思う」と続けると、姑は、案の定、「そんなことない…!」と答えた。

今まで、買い物とか、お風呂掃除とか、ありがとう&やりますよ? のつもりで、同じように切り出したことが何度かあったけど、そのたびに、「そんなことない…!」って言って、むしろやらせて欲しい、これは健康のためだから!みたいに、言ってもらって、結局私はなにも出来ないで、すごすご…って事が多かったので、今回も、同じパターン。また何も変わらないんだ。

と、思ったんだけど、姑の様子が、いつもとちょっと違った。

要約すると(いやもう、本当に話が長いから!)、
・私は、献立を考える事を苦に思ったことはない。むしろそれは楽しみだ。
・けれど、やっぱり肉料理は苦手だ。
・自分は年寄りであり、若い人とはやっぱり食が合わないように思う。
・自分が嫁の立場だったら、やはり姑に申し訳なく思うだろう。

あんまりにも、ね。
あんまりにも、普通の事をおっしゃったので、私は、びっっっっくりしまして。
いや、姑は、結構、常識人的な考えをすることがあるんだけどね。
でも、それって結構、保身の為だったりするから、言葉通りに受け取るとこわいんだけどな。


で、一応、私も自分が思っていたことを、言った。
・ありがたい反面、申し訳ないとずっと思っていた。
・でも、料理は姑の趣味だと言うので、申し出るのをためらっていた。
・それに、自分が料理をすると、時間的に、姑が一人で食事を取ることにもなるだろう。それはかわいそうだ。(一応そういう言葉もまぶしておく)
・だからといって、お義母さんみたいに美味しい料理が作れるわけでもないし。
・かといって、もっと年を取った時に、まともな料理もつくれないのでは、みっともないし…。

みたいな。

「お義母さんが一人で食事を…」のくだりで、姑が「私、一人でも平気よ!全然大丈夫なのよ!」と何故かエキサイト。この時点で、なんかもう、「勝った!」と思いました。

まあね、なんというかな。

姑は肉料理が不安だけど、料理は好きで、新しいキッチンに立つことが出来るのだから凄く満足している。でも、嫁が料理をしたいって言っているから、じゃあ、そういうことで、ね。
みたいな。

私が、「本当に、わがまま言ってごめんなさい」って言った。
でも、それでも全然いいよ。


姑は、自分の好きな時間に食べるように、姑が食べるものを作って、食べる。
それが煮物だったりして、余っていたら、私たちもいただくし、いらなければ食べなくても良い。
だいたいそんな感じ。

私が遅い時には、旦那だってチャーハンとか、作れるし。
大人が3人で生活しているのだから、臨機応変、各自でなんとでも出来るよ。



姑が、食事のことでちょっと悩んでいるのを、旦那からリークできて良かった。
そうじゃなかったら、こんなに上手く、事態を変えることは出来なかったと思うよ。



相変わらず、雨の降った翌日にも、木に水をやり続けている姑だけれど、なんていうのかな。

私にとって、料理というか、食事、を姑に握られているっていうのは、自分の生活の中心を、人質に取られているような、そういう気持ちだった。
確かに、毎日の献立考えるのは、私にとっては面倒だったりするし、作るのもおっくうな日だってあるけど、それだけじゃなくて、なんだろうな。
食事を作っている人には逆らえない、みたいな? なにそれ。

んー。常に弱みを握られているような気持ちだった。

だけど、手元に、料理できる権利が帰ってきて、握られている分の弱みも、戻ってきたような気がする。
ほっとした。少し。

ついでに、姑に「木には水をあげないでみてくれるかな?」って言えるようになると良い。
昨日、怒濤のように書き散らかした「じゃあどうしたらいいんだ。」の記事を、悩んだけど結局UPした。


あんな風に書いておいてなんだけど、でも、やっぱり、帰って夕飯が出来ていることの幸せって、もちろん感じて居るんだよ?
ありがとうって、思って居るんだよ?

だから、悩んで居るんだよな。



いっそ、どっちかになれたらいいのになー。

ていうかさ、誰かが勇気を出すべきなんだと思う。


私か、旦那かが、「おかあさん、毎日夕食作るのもしんどいでしょう?これからは別にしよう!」みたいなことを、うまく伝えられたら。

姑が、いつも一緒に、っていうことにこだわらないで、しっかりと「自分」と「若夫婦」って思ってくだされば。


ある程度の距離が、必要なんだと思うんだよ。

そうじゃないと、うっとうしさとか、そういうのが感情の上位に立ってしまうんだよ。
本当に、どうしようもない嫁だよ、私は。





実家からもらった木があって、それを地植えにしているんだけど、姑は、ほぼ毎日、その木に水をあげてくれています。
植物に水をあげるって、すごく、優しい行為だと思うのね?
だけど、地植えの木で、私は実家でその同じ木に、両親が毎日水を与えているのを、見たことがなかったのね?
夏の暑い、雨の降らない日に水をあげたりはしていたけど。
朝起きると、既に木の周りが濡れているの。

…ありがたいなー…でも…。

旦那も、どうやら同じように思っていたみたい。

その木、葉にも、幹にも、元気がなくなってきてて。

根腐れを、疑って居るんだけど、だからって、姑がしてくれる優しい行為=水やりを、やめて欲しいって言えるほど、確信はないし。
姑は、花とかを凄く大事にする人だから、余計に言いにくくて、未だ、そのままなんですよ。




唐突に、こんなことを書きだしたのは、なんていうか、姑の性格を象徴しているような気がしてね。




と、ココまで書いて、下書きに入れておいたところで、

事態が、ちょっと変わった。

どうしても書こうと思っていたことを思い出したけど、入れるべき場所がわからなかったので、とりあえずここに唐突に書き置こうと思う。


食事を作るってことを、権利として獲得した姑が、副賞として手に入れたのは、

嫁と息子に、「今日のお夕飯、どうするのぉ?」を、休日、出かける前に尋ねることができるっていう、

そういう権利だった。



休日は、いらないって、旦那は何度も言ってくれたのにな。

ちなみに、読み方は、あの…昔ながらの「う~ら~め~し~や~~~」的な、そういう。

まったり、と、おっとり、と、お上品、と、猫なで声とかも、極めるとそうなってしまうのだろうか。