■【『不安定の弧』を日本独自の『リムランド』とせよ 前半】 | FUNGIEREN SIE MEHR !!

■【『不安定の弧』を日本独自の『リムランド』とせよ 前半】

 ※読む前の注意 本稿は非常に長い記事です。内容もマニアックな内容であるとともに、諸所で論じられている内容の二番煎じとなっている可能性もあります。読んだあと目や頭が痛くなっても筆者は責任を持ちません(笑)あと最初に言っておきますが暴論ですw



 ■序論


 アメリカは2001年以降、中東から東アフリカ、南アジア・東南アジアを通り、極東にいたるまでの三日月状の地域を『不安定の弧』と称し、そこにおける紛争などに対応するよう軍備の再編を進めている。これが所謂「米軍再編」である。

 冷戦終結後、世界各地で紛争が多発するとともに、9・11テロ以後相次ぐテロ組織の暗躍に対応するため、とりわけ紛争の火種・テロの温床に欠かず、アメリカが多くの権益を保持しているこの地域が戦略対象として浮上してきているといえる。

 この『不安定の弧』の最東端にあるのが極東地域であり、米軍の一大拠点となっているのが我が日本である。我が国においても米軍再編に伴い、米本土にある第1軍団司令部を座間に移すなどの案が浮上し、協議が重ねられている。

 アメリカは日本を『不安定の弧』に対応する有力な拠点に考えている。我が日本では米軍再編に伴う基地移転問題などは、その内容はともかくとしてもよく議論されている。しかし、今後米軍が世界規模での再編成を行った後、アメリカの有力な同盟国として日本がどのような戦略のもとに行動してゆくのかということについては、十分に議論が交わされているとは思えない。政治家による論議が「日本として米軍再編にどう対処『出来る』のか」ということに終始し、「日本としてどう対処『してゆこう』とするかについての着眼が無い状況である。


 議論はともかく、制服組の方では着々と準備が進みつつあるが、国民を半ば無視しての軍事力の再編成が行われるとなると、それはそれで日本国内においては相応のリスクを伴うものだ。現時点で米軍再編の波が日本にも押し寄せていることを考えると、日本国内でももっと活発に論議が交わされるべきであろう。また、これを機に日本国内で安全保障に関する間違った風潮、「一国平和主義」が衰退してくれればと思う。

 以上のことを問題意識として、本稿では現時点で日本国が『不安定の弧』をどのように分析し、どのような戦略を策定してゆくべきなのかということについて意見を述べたい。



 ■第1章 地政学と不安定の弧の相似性


 『不安定の弧』を説明するためには、地政学について少し述べておく必要性があるだろう。この、『不安定の弧』には、20世紀前半の二人の地政学者、ハルフォード・J・マッキンダー(英)とニコラス・スパイクマン(米)の思想との相似が見られるからだ。

 そもそも地政学とは、国際政治における動静の根拠の一定以上の部分をそれぞれの国が持つ地理的な性質によって捉える政治思想である。政治地理を政治を行う側の見地から検討したものと言ってよい。


 マッキンダーは、「ハートランド理論」なる理論を体系として構築した。彼は、歴史をユーラシア内陸部の陸上勢力(ランドパワー)とその辺縁部の海上勢力(シーパワー)との勢力争いの繰り返しであると定義した。この理論は、ユーラシア中央(ハートランド)で胎動する勢力が力をつける度にヨーロッパ半島へ向かって押し寄せ続けた結果が、ユーラシアの歴史を形成したと主張するものだ。

 これは、当時(20世紀初頭)の世界情勢においてドイツ帝国やロシア帝国などの陸軍国がイギリスに迫るほどの力をつけつつあり、祖国イギリスの覇権が脅かされつつあることを彼が認識していた表れであった。彼はランドパワーとシーパワーの接点地域を『危機の弧』と名づけ、その中でも特にユーラシア中央と西欧の接点である中東欧を巡っての抗争が以後激化するであろうとした(『イギリスとイギリスの海』(1902年)、『デモクラシーの理念と現実』(1919年))。この『危機の弧』とは、北欧、東欧、中近東、南アジア(中央アジア南部を含む)、東南アジア、極東のことである。


 この思想を継承・発展させたのがスパイクマンである。

 冷戦期、彼はマッキンダーが『危機の弧』と称したものを『リムランド=辺縁地帯』と呼び直し、ここへの積極的な自国(アメリカ)国力の投影によりランドパワー(旧ソ連)を封じ込めるべきであると主張した。マッキンダーの理論は軍事的鉄道力の真新しさが注目されていた時代背景もあって、中東欧における両勢力の構想に着目していた。しかし第一次世界大戦後の海空軍力の可能性に注目したスパイクマンは、戦中からマッキンダーの理論に注目しその東欧の重要性に関しては賛成していたものの、それだけではなくユーラシア中央に誕生する陸上勢力を東欧だけではなく半球を以て包囲することが肝要であると主張した(『世界政治におけるアメリカの戦略』(1942年)、『均衡の地理学』(1944年))。

 この主張は後にジョージ・F・ケナンにより旧ソ連に対する「封じ込め政策」のモデルとされたとされる。


 ハートランド理論、リムランド理論のいずれも、その仮想敵国はロシア=旧ソ連であった。それゆえ危機の弧及びリムランドには北欧から極東にいたるまでのロシア地域をすっぽりと包み込む地域が含まれているのだ。そして、マッキンダーの言う『危機の弧』、スパイクマンの言う『リムランド』と、現代アメリカが提唱する『不安定の弧』には、多くの共通項が見られる。

 大国同士の大規模軍事衝突の危険性、膨大な埋蔵資源を巡る抗争、覇権国の拠点密度の希薄さなどがそうである。この地域を係争地として、この円弧の内外の対立勢力が覇権を争うという構図も同じである。


 ここでは、『危機の弧』及び『リムランド』に対して、『不安定の弧』にヨーロッパ地域が丸々含まれていないことに注目したい。


 ・危機の弧=リムランド

 ハートランド

 ・不安定の弧

 不安定の弧


 これはつまり、これらの理論が脅威と想定する対象が変化していることを示すものであるが、アメリカはそれについてテロリズム・大量破壊兵器の拡散など根拠に挙げている。しかし、米軍再編の実内容を見ていると、それは中国も強く意識した内容である。実際、『危機の弧=リムランド』が旧ソ連を囲っていたのと対照的に、『不安定の弧』はすっぽりと中国を囲っていることに注目されたい。

 以上を前提として、以下においては「米軍再編」の実相を見てゆきたい。



 ■第2章 世界における米軍再編概略


 2001年以降の不安定の弧に対応するための米軍再編成を、世界的視野で見てみよう。

 一般にはこの作業は、資源地域である中東・アフリカを最重要地域と位置づけ、その近傍への即応体制を高めるものとして理解されている。具体的に言えば、当該地域以外からの在外米軍の本土帰還と即応性を高めた形での再編成を企図しているものだ。それまで冷戦の最前線であったドイツや日韓などの最前線基地を縮小し、それらの国による自前の防衛力の強化を望むもので、最終的に米軍は在外基地縮小による余力を自国権益の確保・脅威の排除に適宜投影できる状態を目指す。『不安定の弧』における脅威に対して、自軍のプロジェクション能力(戦力の即応投影能力)向上により対応するほか、域内における同盟国との間に即応可能な指揮機能・後方支援機能を充実させてゆくことこそが、米軍再編の目的である。


 域内の中で、特に米軍再編で戦略的に力を注ぐべき重点目標とされているのは、中東・アフリカに程近く、両地域と極東を結ぶ南アジアである。米本土から両大洋、インド洋を通り中東までの海上を線で結ぶと、それはアメリカのシーレーンと見事に重なる。同地域はテロ・紛争が多発し、民間のシーレーンはテロリズムや地域紛争に対し脆弱である。アメリカが新たな戦略としてテロ対策を掲げ『不安定の弧』を重視する理由はそこにある。

 また、ヨーロッパにはEU、西欧同盟、NATOなどがあり、その東方拡大も着々と進行中である。NATOが持つ「政治的意義」も拡大し欧州正面にはアメリカが本腰を据えておく理由が相対的に縮小しつつある。


 しかし、アジア・太平洋地域にはそのような集団的自衛権による域内安定を求めた多国間組織は存在しない。そのため、米軍再編に伴う拠点再編やチョークポイントの変化に伴い、アジア・太平洋地域において集団的自衛権を定めた組織の構想が浮かびつつある。

 尤も、この構想において参加を念頭に置かれているのは、米豪加のアングロ系国家と、日本だけでのようある。これは米軍主導というよりも、カナダの提唱やオーストラリアの提唱といった形でも構想されているのだが、日本において報道されていない。



 ■第3章 アジア・太平洋における軍事的再編


 米軍再編において最も力が入れられているのは、アジア・太平洋地域である。在韓米軍では基地を1/3に縮小する作業が始まっており、日本においても同様である。 しかしながら、その規模の縮小は軍事力そのものの縮小、弱体化を意味するものではない。以下、地域ごとに見てゆきたい。


 Ⅰ.韓国


 在韓米軍においては、軍事力の質の向上が同時に進行中である。 在韓米軍に本年度中にPAC3(パトリオット3)、F/A18E/Fスーパーホーネット、AH64Dアパッチロングボウ、プレデター無人偵察機等を配備する質的向上が進められている。また、烏山基地、平沢基地への在韓米軍指揮機能の統合が進み、在韓米軍を以前よりも機能的に運用可能な状態になった。

 在韓米軍の量的縮小に伴う韓国軍自体の質的向上も顕著である。

 韓国軍では2004年度には年率10%以上の国防費増額を達成し(これも「平和国家」日本では広報されない異常事態であるが)、質的向上に励んでいる。エイワックスとF-15Kスラムイーグル(F-15Eストライクイーグルの韓国版)の導入が決定し、米軍アーレイバーク級をベースシップとしたイージス艦(KDX-Ⅲ型)の建造が決定した。今年6月にはソン・ウォンイル級新型潜水艦が進水し、2005年7月にはアジア最大(基準排水量18800t)となるLPX(強襲揚陸艦)「独島」が進水し話題を呼んだが、韓国海軍は今後同級を3隻保有する計画であるという(この構造は海上自衛隊の「おおすみ」級以上に“空母”くさい外観だが、日本国内ではこれも全く騒がれなかった)。水上発射型巡航ミサイル「天龍」の配備にも熱心である。

 韓国軍が明らかにプロジェクション能力を重視していることが垣間見える。一部では軽空母や原潜を保有する気があると騒がれたことがあるが、原潜保有計画に関しては韓国当局は明確に否定している。

 米韓間には戦時統制権を巡る対立が存在するが、現時点で米韓の軍事当局者同士が完全に袂を分かったとする根拠は無い。


 ・F-15Kスラムイーグル

 F-15Kスラムイーグル


 ・KDX-Ⅲ型想像図

 KDX-Ⅲ建造予想図


 ・ソン・ウォンイル級潜水艦

 ソン・ウォンイル級潜水艦


 ・強襲揚陸艦「独島」

 独島


 ・「天龍」巡航ミサイル

 「天龍」



 Ⅱ.日本


 日本においても概ね同様の事態が進行中である。

 在日米軍は、第三海兵機動展開部隊司令部のグアムへの移転、普天間返還と辺野古移転問題を中心に、量的削減と質的向上が進んでいる。横須賀において、通常動力型空母「キティホーク」の後継に、「ニミッツ」級原子力空母「ジョージ・ワシントン」が決まり、地元で物議をかもしたことは記憶に新しい。日本海には、常時イージス艦が遊弋する状況が現出した。虎の子のSM3(スタンダードミサイル3)搭載イージス艦は、今後同方面に増強されてゆくだろう。

 自衛隊との連携強化も図られ、第1軍団司令部の座間への移転は日米統合作戦時に有用であるし、航空自衛隊の航空総隊司令部を米軍横田基地に移転させて米第五空軍司令部と併置することなどにより、日米両軍の有機的結合が進んでいるのである。


 自衛隊自身の質的向上も進んでいる。

 「おおすみ」級強襲揚陸艦3隻の就役で向上したプロジェクション能力のさらなる向上が、空中給油機KC-767の導入と実質的なヘリ空母として建造の進む16DDH17DDHの予算通過で強化されるだろう。自衛隊の国内配備も長年の対ソ・対ロ戦略による北方重視から対中戦略を主眼に置いた西方重視へとシフトしており、その例として沖縄へのF-15J配備が挙げられる。

アメリカ軍の戦略を担う一環として、2011年には日本国内におけるMD防衛完成が計画されている。


 ・「おおすみ」級強襲揚陸艦

 おおすみ


 ・16DDH完成予想図

 16DDH完成予想図




 Ⅲ.台湾


 在日米軍・在韓米軍の存在に隠れがちであるが、台湾軍の増強も進んでいる。

 昨年12月8日、米海軍から売却される「キッド」級駆逐艦4隻のうち2隻が台湾に到着し、台湾海軍でそれぞれ「基隆」「蘇澳」として就役した。同級はスタンダードミサイル2ブロックⅢを装備し、台湾海軍の防空力向上に有力な戦力となる。2004年には新世代の空対空ミサイルであるアムラームミサイルの配備開始を皮切りに、パトリオットPAC3予算の通過、P3C対潜哨戒機の配備も行われ、着実な軍備増勢は続いている。同国はまた、フランスなどからの兵器輸入にも熱心だ。


 ・「基隆」級駆逐艦

 基隆 級



 Ⅳ.グアム


 グアムは日本とともにアジア・太平洋地域における米軍再編の要となる最重要拠点である。

 空軍は第五空軍とグアムにある第十三空軍を統合し、横田の司令部要員を一部グアムに移転させ、中東・アジアへの作戦展開能力を拡充する構想である。米本土で配備が開始されたF-22戦闘機の先進配備も計画されている。また、太平洋2隻目の空母配備が決定され、戦略爆撃機・原子力潜水艦の増強も行われている。

 グアム島はアメリカ軍の重要な拠点であると同時に、中国軍が作戦行動域として想定する第二列島線の最南端に位置し、中国軍への牽制の意味も大きい。グアムは紛れも無く米軍再編の最前線の一つである。



 Ⅴ.インド


 今年インドを訪問した米ブッシュ大統領とシン首相の会談により、米印蜜月関係が顕になった。これによりアメリカは同国へ各種兵器の輸出を行えるようになるが、その中に筆者はF-18ないしF/A-18C/D戦闘攻撃機が含まれるのではないかと愚考している。

 インドは既に1957年に「ヴィクラント」(満載排水量18085t)を英国より購入し、その除籍後の現在でも空母「ヴィラート」(同28500t)を保有している。また、ロシアから「キエフ」級空母「アドミラル・ゴルシコフ」(同45500t)を購入、「ヴィクラマディティア」として改修するほか、国産空母建造計画も進行中の南アジアにおける“空母大国”である。

 同国の空母政策は、良港カラチに海上貿易の殆どを頼る隣国パキスタンへの牽制のほか、ミャンマーに接近しインド洋での海上覇権を構築しようとしている中国に対する牽制の意味も含まれる。インドは世界大国として脱皮する上で、中国との接近よりもアメリカとの蜜月を重視するだろう。

 対して、アメリカがその空母戦力を世界戦略の一翼を担うものとして利用する意図もあるだろう。インドは、『不安定の弧』の最重要ポイントである南アジア・インド洋地域における「要石」としての役割をアメリカから要求されているのだ。


 現在のインド空母艦載機はイギリス製のシーハリアーが主力だが、今後同国が新型空母を整備していこうとする際、F/A-18C/Dの持つ行動半径やペイロード、戦闘実績などは非常に気になるものであろう(「アドミラル・ゴルシコフ」に搭載できるとは思えないが)。


 ・空母「ヴィラート」

 ヴィラート



 Ⅵ.シンガポール、フィリピン


 また、シンガポールの軍事基地化も見逃せないファクターの一つである。

 長年シンガポールには限定的な米軍戦力しか駐屯していなかったが、フィリピンから撤収した米軍が基地をここに求めた。そして2000年以後米・シンガポールが協議を重ねた結果、同国には大型の進水浮き型埠頭が建設され、それは駆逐艦、巡洋艦はおろか、大型攻撃空母まで含めた大型艦隊の寄港が可能な大港となった。

 2001年には空母「キティ・ホーク」がシンガポールに寄港しているが、同国は『不安定の弧』の中東・アフリカ側極東・太平洋側が接する枢要なチョークポイントに当たり、中国軍が作戦行動海域として規定する第一列島線の最南端にも位置する。

よって今後、シンガポールは不安定の弧に米軍が対処するうえで重要な拠点となるだろう。


 ・第一・第二列島線(左が第一、右が第二列島線)

 第一、第二列島線



 フィリピンにおいても米軍のプレゼンスは高まりつつある。

 同国からは1992年に米軍は完全撤収していたが、1992年領海法制定による中国南沙諸島及び西沙諸島領有宣言、1995年に中国による南沙諸島ミスチーフ環礁への侵攻・実質的領有化、1997年にもスカーボロ環礁での軍事衝突が起きるなど、中国の侵略を直に受けたフィリピンは抑止力の向上を目指していた。しかし、同国を直撃したアジア通貨危機によって脆弱な同国の経済的基盤が大打撃を受け、軍事力向上計画が不可能となったほか、昨年には稼動状態にある防空戦闘機数が0になったことは記憶に新しい。


 そこでフィリピンはアメリカとの軍事的関係の復活を図った。これにより2000年には、米比軍による合同軍事演習が再開されたのである。これは毎年米軍がアジア・太平洋地域の同盟国と行っている大規模合同軍事演習にフィリピンが組み込まれたことを意味するとともに、それまで周辺国と中国間の領土紛争に不介入姿勢を貫いていたアメリカの方針転換を意味しているといえよう。中国はこの点に非常に注目しているという。




 以上に見るように、アジア・太平洋、なかんずく極東地域における在域米軍と周辺国軍の増強が顕著に進められつつある。それらの実内容を見るに、明らかにアメリカが中国の軍事的脅威の増大に周辺国と合同して対処しようとする意図が見て取れよう。米軍再編では、アジアにおけるアメリカ軍の正面軍事力はむしろ増大している。 アジア・太平洋で行われる米軍再編が『不安定の弧』に対して持つ意義は大きく、日本はその一翼を担っている。日本においてこの事実を無視して単純な議論が行われることは、日本にとってまさに致命的である。



 →後半に続く