昼間担当の看護師さんと夜間担当の看護師さんとの間の引継ぎも終わった後、また眠ってしまったようだった。

 

次に目覚めたのが、以前(2つ前のブログ)に書いたように、先生が、「手術は終わりましたよ。再僧帽弁形成術です。」と伝えてくれた時でした。

この時、人工呼吸器を外したものの、夜勤の看護師さんは心配のようでした。

ベットの足元の方で、「もしもの場合にはどうするのですか」、と先生に指示を仰いでいた。

先生の回答は、「今日は病院内に遅くまでいるから、23時くらいまでなら、なにかあったら連絡してくれ」というものだった。それから、先生はベット脇から離れていった。

 

人工呼吸器を外した後は、自力で呼吸するのですが、ハァ、ハァ、ハァ、と呼吸が浅い。

空気が薄いような気がして、看護師さんに酸素マスクに送り込む酸素量を増やしてもらう。

酸素マスクも、最初は、不織袋のようなものが付いているタイプの物だったけれど、途中で、ワンランク上のタイプの酸素マスクに変えてくれた。

人工呼吸器をつけている時は、声を出して気持ちを伝える事は出来ないけれど、酸素マスクなら自分で言葉をしゃべれる。言葉で会話できることが、とても、ありがたい。

 

痰も吸引してもらい、楽になる。何度か痰の吸引をしてもらった後、自分で痰を出せる様子を見て、ティッシュボックス、それとゴミ袋用に透明なビニール袋をベットの中に置いて、自分で痰を出すことになった。

看護師さんの手間を掛けずに、自分で自由にティッシュペーパーに痰を出せるようになったので、さらに、気が楽になった。

 

ベットに寝ているだけなのに、相変わらず、息が上がり、ハァ、ハァ、ハァ、と呼吸が浅い感じがしたので、再度、酸素濃度をあげてもらえるようにお願いした。

ところが、酸素は十分に行き渡っていると言われて、逆に、酸素量を下げられる。

右手の人差し指には、指先の血液の中の酸素割合を測る道具が付いていた。

たぶん、100%に近い数値を表示していたのでしょう。

最初に設定していた酸素量よりも、さらに、低い水準に設定にされた。

酸素量の設定数値は、2だったのだろうか、1だったのだろうか。

今は、数値を思い出せない。単位も思い出せない。

ただ、「随分低い設定に下げたなぁ」、という印象の記憶だけが残っている。

酸素マスクも、鼻にチューブを差し込む簡易なタイプのものに変わった。

 

足首からふくらはぎにかけては、自動のマッサージ器がつけられていた。このマッサージ器は、とても気持ちがいい。それにもかかわらず、手足がだるくて、動かしたくなる。

動かすと看護師さんに注意される。体の周りにあるチューブなどの器具が外れてしまうことを心配している。

「縛りますか」と看護師さんが、直接、私に聞いてくる。

「拘束されたくないなぁ」と思った私は、仕方なく、黙って、

出来るだけ手足を動かさないように、努力しながら、夜を過ごす。