やってくれない
わかってくれない
と不足や不満を握りしめていると
やってくれたとしても
わたしの思ったとおりにしてくれなかった
と結局は不満を握りしめることになる
それは
自分が無意識に望んでいて
思った通りにしてもらわないようにしている
というカラクリを知った
向き合ってみて
やってもらいたかったこと
望んでいたこと
を自覚できるようになってくると
そのまま望んだ方が
手に入れやすいことを学んだ
パートへ出勤時や帰宅時に
「がんばれ〜」
と言って送り出してもらったり
「おつかれさーん」
と言って迎えてもらう
とか
わたしは
ただ気にかけてほしいだけの
かまってちゃん
そんなわたしが
欲しい言葉を欲すると
棒読みでも
笑いながらでも
返してくれる家族や仲間がいる
些細なことや、どうでもいいこと
と決めつけて無視してたことを
欲しいと思う、欲しいと願うことを
赦せるようになってきて
望んだことを叶えてもらえるようになると
「ありがとう」
という言葉をシンプルに使えるようになった
罪悪感という感情が乗っからないという意味で
そんな風になるなんて
知らんかったな
やってみないと
わからないことやった
おはよう
おやすみ
いってきます
いってらっしゃい
だだいま
おかえり
いただきます
ごちそうさま
おつかれさま
ありがとう
感謝の気持ちや
相手を大切に思うことを
あらわすことが出来る
そういう言葉がたくさんある
娘の習い事の送迎で
駐車場の出入口で
暑い日も寒い日も雨の日も
案内をしてくれてるおっちゃんに
「ありがとう」を言うとか
外食した時に
「せーの」の掛け声で、家族で手を合わせて
「ご馳走様でした」と声をそろえて言うとか
お店の人に聞こえるか聞こえないかは別として
美味しかったという気持ちを改めて味わうとか
自己犠牲や自分責めが
無自覚だったころに使っていた時には
味わえなかった感覚がそこにある
