先日、一年ぶりに奈良県の大神神社へ行ってきました![]()
大神神社はメジャーな神社で、割と街中にあるので行きやすいです。
三輪山はコロナ禍の時は蜜を避ける為に閉鎖になってましたが、去年?一昨年辺りから午前中までに受付をしたら登拝できるようになりました![]()
ほんまかどうか分かりませんが、三輪山は裸足が正式参拝と聞き、去年は上の方だけ裸足で上がりました。
今年は登るとも登らないとも決めずに行きましたが、一緒に行った友人親子が登る気満々だったので、登ってきましたよ![]()
10年ほど前でしょうかね、別の友人と大神神社へ行った時は、登る予定で行ったんですが、直前で何だかしんどくなってきて、登りたくないって思ったんです。
鳥居をくぐると賑やかで何だか山下清画伯のような風貌のおっちゃんが居りました。
『何かややこしそうなんおるな』と思い、関わらんとこ思ったけど、まんまと声をかけられて
『ここ来たら、お山は登った方がええで〜』と言われました![]()
迷ってんのバレた(笑)
そのまま画伯はあちこちに手を合わせスタスタっと歩いていきました。
最後にこちらを向いて
『絶対登りや〜』と強めの圧をかけてきました(笑)
『はいはい、登ります〜』と適当にあしらって、画伯から離れるようにゆっくり境内を歩きました。
帰りも運転だし、境内だけでも結構歩くしな〜なんて考えてたら、先に行ったはずの画伯が何処からともなく現れ登拝入り口まで着いてきました。
画伯にロックオンされ登らざるを得ない状況になったと言う経験があって、登拝するときはその画伯を思い出します![]()
三輪山はお山自体が御神体なので飲食も撮影も禁止されておりますので、残念ながら登拝中の写真はございません。
途中に禊が出来る場所があって、そこを過ぎた辺りから沼か田んぼを歩いてるみたいに足が重たくなりました。
太ったから?年だから?着膨れてるから?
理由としてはどれもそれなりに納得できるけど、重くなるのが急過ぎる。
頭をよぎるのは靴を履いていること。
4合目あたりから風が強く吹いて、北風と太陽よろしく早く脱げってな具合でして。
試しに脱いでみるか?
脳内には『は・だ・し!は・だ・し!』と元気な裸足コールが流れている🦶
でもなー、寒いしなー、昨日下痢したから冷えてお腹痛くなったら面倒だしなー、
怪我しても嫌やしなー
としぶります。
だけど、重い足のまま登るんしんどいしなー![]()
などの葛藤がありましたが、余りにも足が重過ぎるので、一旦裸足で登ってみることにしました![]()
そうしたらビックリするくらい足が軽くて衝撃をうけました。
そうしたらこんな文句?疑問が浮かんできました。
なんで私頭に浮かんだ時点で
行動せんかったん?
私何に忖度したん?
何で1番大事にしなあかん
自分の体感後回しにした?
足重いって
何度も何度も言ってるのに
裸足コールも流れてんのに
何度も何度も靴脱げって
裸足になれって
答えが出てるのに
私の足が重くても
誰も助けてくれないのに
誰かの常識に従っても
楽にもならんし
楽しくもないのに
何で自分の声無視した?
自分から重くしといて
なんで重い重い言うてんの?
あんたアホなん?
まるでスターウォーズの導入時のような字幕が脳内で流れましたよね![]()
私は自分の願いにもなってない気持ちを摘み取っていたことにやっと気づきました。
なんなら、願わなくても叶う。
願わなくても私は私の希望を叶えてあげられる。
わざわざ『お願い』しなくても
ふっと浮かんだことを行動に移せば瞬時に叶えられる。
私たちはそう言うふうに出来ているんです。
初めは生まれ育った環境に歪められてしまったのかもしれない。
大人になって一見自由になったように思えるけど、マインドも心もまだ自由になっていなかった。
詳しくはワークの時にでもシェアします〜![]()
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次回のワークは3月27日です!


