講座ではコミュニケーションを取りたい相手の写真を5枚用意していきました。
2人1組になって写真の子からのメッセージを貰う練習をするんですが、私は5人(鳥?)を選べなくて歴代のインコ達を収めた厳選し、写真10枚をプリントアウトして行きました。
写真を眺めていると、その時に感じていた思いや、情景や、状態が思い出されます。
どの写真にも、この瞬間を収めたいと思うほど可愛いと思ったんやな私(笑)などしみじみ![]()
どの子も可愛いのですが、中でもとてつもなく可愛いかったキミちゃんにメッセージを伝えて貰おうと思いました。
ペアになった方に伝えたいこと、聞きたいことを言おうとすると、胸の奥が細かく震えました。
おぁ?嘘だろ?
なんだこれ。
その震えは表面に上がってくるにつれ大きくなり、何も言葉にならなくて気づいたら泣いてました。
私は人前で泣くのは本当に好きではないので『うわぁ、めんどくさー』となりまして(笑)
これアカン、マジであかんとなりました![]()
とにかく色んな気持ちが混ざってはいたけど、1番は出てきたのは罪悪感でした。
インコちゃん達にもっとこうしてあげれたんじゃないか?![]()
ちゃんとしてたらもうちょっと長く生きられたんじゃないか![]()
そうかもしれないです。
そうかもしれないですが、終わりのない問いです。
私はキミちゃんと過ごした日々が楽し過ぎたて忘れることが出来なくて、キミちゃんが亡くなるまでに感じた悲しいことを嫌い過ぎて、取り敢えず、応急処置的にそれを見ないようにして奥の方に仕舞い込んでいました。
そこを触るなら大手術になるからね。
それをいつまでも放置してたから罪悪感にまで育てあげて抱え込んでしまったんですけどね。
頭では抱えても仕方のない罪悪感だと分かっているから、感じないように無意識にコントロールしようとしてた一連のストーリーがシャボン玉が弾けたかのように自分の中に染み込んできました。
私の中で起きたことへの処理に忙しくて、お相手の方が写真からもらったメッセージを伝えてくれたけど、全然覚えてません![]()
![]()
![]()
私もお相手の方が見せてくれた子のメッセージを感じ伝えてみましたが、人間と動物はそもそも感覚が違うから人間が疑問に思ってることを動物側は気にかけて無いことも多いなとかんじました。
あさかさんが死は生の一部。
変化なだけで死なせてあげれることは良いこと。
死ねなくて苦しんでる子もたくさんいる。
と話してたこともあって、私の中にあった悲しみ達の苦しみが終わり、罪悪感がいる必要がなくなりました。
考えてみると私の思考パターンの中には罪悪感が普通にあるんですが、それって思考の中に罪悪感を存在させ続ける仕組みがあるんだなってことに気がつきました。
めっちゃムカつくし面白くないけど、面白いですね![]()
これはワークにも還元したいと思います。
次回ワークは8月5日です![]()

