随分と間が空いてしまいました![]()
私はこれを書くにあたり、かつて子供だった自分と現在の自分を行ったり来たりしてみました。
そして無意識に目線が大人のポジションだったり子供のポジションだったり、現実世界を自分を軸に自由に行き来してることに気づきました。
もっと言えば自分も飛び越えてしまう時も結構ありまして、ここに至っては目線ではなく視点と言う感じでしょうかね。
多くの人は、日常に起こるひとつひとつの出来事は意味を持たずに終えると思っているけど、繰り返される日常は積み重なってその人の価値観となり、自然とその人のルールになる。
自然と、というのは疑うことなくと言う意味ね。
日常を共有することの多い家族や、職場の人なんかは価値観が同じだったり似ていたり、理解があったり(無くても)共通認識〈ルール〉としてあるんだと思う。
その共通認識を先導する役目はその場の年長者が多いと思う。
うちの場合は母。
離婚してからの母は優先順位として生活することに全振りしたと思います。
子供の気持ちとか考えなかった訳ではないと思うけど、優先順位としては低かった、と予想してます(笑)
当時の私は状況の変化に対応する事が精一杯で、自分の心は後回しでした。
自分の心はと言うか気持ち、にかな。
と言うのもそもそも自分に選択肢があるって思って無かったです。そう言う時代でもあったと思いますけどね。
嫌だろが、辛かろうが、大人が決定したことは変えられないと思ってました。
だから、その与えられた枠の中で自分が楽しい何かを見つける遊びをしていました。
その遊びこそが私を生かしたと思います。
遊びには色んなパターンがあり、何かひとつ変えるだけで無限にバリエーションが広がるので現実なんかにかまけてられません(笑)
母の入院中、私はとてつもなく自由でした。
お腹が空いたら食べて眠たくなったら寝る。
大人がダメと言うテレビも見放題でした。
学校に行って皆んなと同じように過ごせば、小学生が家で1人で生活してるなんて思いません。
実はそう言うのも面白かったです(笑)
が、自由ってそんなに面白くないんです。
適度な不自由があるから自由が輝くんですよね。
だから不自由とか、規則とかがあると萌える変な子になった側面があります。
決まりが多いほど、どうやって遊んでやろうかと思ってしまい、私は気が付けば問題児になってました。
