妊娠が分かり、

赤ちゃんの父親といざこざがあり、

私は一人で産んで育てる、

と決意しました。

その時、まだ、妊娠2か月でした。


どこから力が湧いてきたのか今でも不思議ですが、

つわりでゲロゲロ言いながらも、

赤ちゃんと住める家を探し周り、

区役所に通い詰めてひとり親の支援を徹底的に調べてアドバイスをもらい、

弁護士さんとも連絡を取り合い、

仕事にも行き、


周りからは、可愛そうな人!という目で見られていましたが、

私は、つわりは大変だったけれど、それ以外ではそんなに大変だとは思っていませんでした。


「大変だね。大丈夫?」

ほとんどの人にそう言われましたが、わたしから湧いてきた言葉は、

「過食症の時の方が大変だった。あれより大変な事は今後ないと思う。」

でした。


自分でも不思議ですが、この言葉がすっと出てきたのです。


人は、誰かを責めたり、恨んだり、人を心配したり、

それよりつらいのは

自分が大嫌いで信じられない

事だと思います。


過食症の時の私は、自分が嫌で嫌でたまらなかった。未来も見えないし、自分の事を何も信じられなかった。


これほど辛いことはないと思う。

死にたい死にたい、そればかりの日々だった。


だから、一人で子どもを育てる。

私のお腹には赤ちゃんがいる。

守るものができた。


私には未来が見えました。いい事もあるだろうし、大変な事もあるだろうし、

それは全部未来でした。

未来が楽しみだったのです。


あの時の私の強い心は、赤ちゃんが力をくれていたのだろうけど、

やはり、過食症の経験が私を強くしてくれたのだと思う。


過食症ありがとう


って、あの時はじめて思いました。





妊娠が分かった時のエコー。

ハートみたいだなって思った。